面と向かって言われると、何も言葉が出てこなかった。
 ソラは男……。
 知りたくない現実だったかもしれない。獅月がなぜ今になってそれを俺に言うのか。俺に後押しして欲しいとでも言うのか。
 獅月の言って欲しい言葉がなんなのか、まるで見当もつかない。

「それだけでは、獅月の気持ちがどう揺れてるのかまで測れない」

 獅月はソラが男だと分かってどうなんだ。確信部分を話してくれないと……。でももし、それを聞いた時、俺は告白をすることもなく完全に失恋するのかもしれない。
仮にもソラは告白をした。俺は……。
 物凄い敗北感に苛まれた。ソラは自分が男だと打ち明けた上で、獅月に気持ちを打ち明けた。振られる覚悟もしていたはずだ。二度と会えなくなる可能性だって承知しているだろう。
 それでもソラは言ったんだ。好きだと……。

 お互い、言葉を探していた。
 会話の中に何度も沈黙が生まれる。獅月も普段以上に言葉を選んでいるように見える。
 俺は自分の気持ちを隠したまま、獅月の本音を探る。嫌な時間だけれど、避けられない。ここで逃げれば獅月との関係が終わってしまう。

 獅月からの言葉を待つしかなかった。
 数分後、自分の気持ちを整理しながら喋り始めた。

「俺は……性別なんて関係ないと思ってた。お互いの気持ちが一番大事で、価値観が合えば、他人が何と言おうと放っておけばいいって。エリだって女同士で付き合ってるし、それを否定する考えなんて持ったこともない。でも、いざ自分がその立場になった途端、これまで本気で好きだと確信していた気持ちに自信がなくなってしまった。でも……」

獅月はそこまで言うと、また少しの間黙り込む。

「俺が本当に男がダメなら、その時点で吹っ切れたはずだ。でも男だと分かっても、気持ちが完全に萎えたわけじゃない」
 獅月の言葉に俺は瞠目としてしまった。
「それは、男同士でも恋愛できるってこと?」
「———分からない」
「分からないって、その子だから好きになった……みたいな、そんな理屈は通用しないよ」

 少し意地悪に言ってしまったと思う。別に性別関係なく恋愛できる人だっている。獅月がそうなら、別に相手が男でも女でも関係ない。でも、もし男だってその対象になるなら、これまで積み重ねてきた我慢が爆発してしまいそうだ。

「ソラはきっともう俺のことを諦めてる。今日会って、なんとなくそう思った。でも俺だけが吹っ切れないってうか……。スゲー探して、会いたくて、やっと再会できて、ソラとの時間が楽しくて仕方なかった。二人で過ごした時間、俺は確かにソラが好きだった」
「そんな話……聞きたくない」

 思わず突っぱねてしまう。獅月がソラを好きなのは知ってたけど、直接的な言葉を聞かされるのはやっぱり辛い。全部話して欲しいと思いながらも、全部知りたくないなんて道理が通るわけもないのに。獅月はそんな俺を責めたりもしない。

「だよな。……悪りぃ」
「ごめん、大切な話なのに」
「いや、俺も分かってるんだ。こんな話は一番冬哉が嫌うって。でも、みっともない俺を曝け出せるの、お前しかいなくて」

 ———獅月はずるい。俺の喜ぶ言葉を知っている。断れないのを知っている。知ってて……その台詞を言うんだ。

「一人で考えて答えを出そうと思ってた。でも消化できないんだ。今じゃソラへの気持ち自体、全部嘘だったんじゃないかって。そんな風にも思えてきちまって。他に相談できるやつもいなくて。———頼って悪かった」

 俺の言葉を待たず、獅月は話を終わらせようとした。
 
「な……んで」
「ん? 冬哉?」
「なんで、勝手にやめようとすんの? 俺まだなんも言ってない」
「でもソラの話、嫌だろ?」
「嫌だけど、嫌じゃない!!」
「またお前、拗らせて……」
「拗らせてんのは獅月じゃん。相手が男だから恋愛かどうか分からない? だってそれまでは、その子の事見てきたんでしょ? それなのに分からないわけない。好きな気持ちなんて早々忘れられない」
「冬哉、一旦落ち着け」
「落ち着けないよ!! 男でも考えてくれんの? 一緒にいて楽しかったら、獅月のことが好きだって言ったら、拒絶せずに考えてくれるの!?」
「冬哉、悪りぃ。何が言いたいのか伝わってこねぇんだけど」
「じゃあ、はっきり言うよ!! 俺だってずっと獅月の事、好きだった!!」
「は? ……なに、言って……」

 獅月が困惑している。そりゃそうだろう。友達と思ってたやつから突然告白されたって、本気になんか捉えてもらえない。悔しくて、泣けてくる。なんて思った次の瞬間には、もう涙は目から溢れ落ちていた。

「冬哉……なんで泣いてんだよ……」
「だって、俺の方がずっと獅月の事好きだったもん。入学した時から、ずっとずっと、獅月のことしか見てなかった。でも獅月は女の子が好きだから、友達としていなきゃダメだって思って言わなかった……言えなかった。バンドにも加入して欲しかったし、ずっと一緒に活動するなら、自分の恋愛感情は捨てなきゃダメだって言い聞かせて。これからも本当は隠し通すつもりだった。でも、男でもいいなら俺にしてよ。ソラじゃなくて……俺でいいじゃん」

 カッコ悪い告白。
 最後は泣きじゃくって呂律も回ってない。
 玉砕確実。
 今が夏休みってことだけが唯一の救いかもしれない。
 目の前に獅月が呆然としている。
 ソラのことで俺に相談する予定が、さらに俺が告白して戸惑わせられるなんて、考えてもなかっただろう。
 ちょっとくらい悩めばいいんだ。そんで結局ソラのところに行っても、俺はなにも言えない。

「冬哉」
 獅月が涙を拭こうと腕を伸ばす。それを既の所で跳ね返した。
「やめてよ! 中途半端に優しくしないでよ。俺、面倒くさいよね。ごめん、最後まで拗らせて。でももう平気。全部言ったらスッキリした。……帰るね」
「なぁ、待てって、冬哉!!」
 獅月の声を無視して部屋を飛び出した。そのまま坂道を下り、高校前からバスに乗る。

「追いかけてこいよ!! バカ獅月!!!!」
 一人で家路につきながら叫ぶ。
 これで自分への答えは決まったようなものだった。折角バンドに入ってくれるって言ったのに……。きっとあの話も白紙だろう。

「バカなのは俺……だよな」

キャップを被っててよかった。目深に被り、汗を拭う振りをしながら止まらない涙を腕に擦り付けた。