「彼女、大丈夫そうだった?」
 獅月から切り出されるのが怖くて自ら話題にする。こういう自分をやめたいと思いながらも、どうしても治せない。
 獅月は若干目を泳がせた後、「あぁ」と小さく返事をした。
「昨日の雨に打たれて風邪引いたらしい。熱が下がってなくて寝てた」
 ソラは昨日のバイトの帰りに、あの大雨に降られてしまったと言う事だった。
「付き添わなくて良かったの?」
「そこまでは……向こうも迷惑だろうし」
「迷惑?」

 獅月がそこで言葉を濁したのが気になった。
 付き合っているなら風邪の看病くらい、迷惑どころか嬉しいのではないのか。
 もしかして……付き合ってない? なら、お見舞いに行くのも変だし……。
 あの獅月の様子から、恋愛ではなく友達に発展する展開はありえない。
 でもどこまで聞いていいのか躊躇ってしまうのは、まだ本当のことを知るのが怖いからだ。

 獅月は少しの沈黙の後、「もしも男から告白されたらどうする?」と相談を持ちかけてきた。
「は? 何? いきなり!」
 心臓が跳ね上がり、飲もうとしていたお茶を少し吹き出してしまった。
 まさか自分の気持ちがバレた……とも身構えたが獅月の表情からそうではないと読み取れた。ともなると、男から好きだと言われたのか?
 でも好きなんて、性別関係なく学校でもblack ASHでもよく言われてる。
 女子にモテてるけど、男子からだって憧れの的だ。そんな獅月が悩むってことは、恋愛感情として言われた「好き」に対してなんと断るべきか……と俺に相談したいのかもしれない。

「男からの告白って、憧れじゃなくて? まぁ今時、同性愛なんて普通に存在してるじゃん」

 平然を装って返事をするが、鼓動が落ち着く様子はない。恋愛感情だったとしても、獅月が同性愛を受け入れられないのであれば断るのは簡単だ。
 今だけの質問で、本質的な部分まで悟るのは難しい。当たり障りのない答えになってしまったが、ここで真っ向否定もできないのは勿論自分を守るためだ。

 獅月の様子から、俺が言ったセリフは求めていなかったのだけは明らかだ。また一点を見つめたまま固まってしまう。

「で、獅月が返事に悩んでるのはなんで? 別に付き合う気がないなら、いつも通りの断り方でいいんじゃない?」
 告白した人は俺の知らない人なのだろう。でも他人事とは思えない。もし俺が告白すれば、同じように悩んだのかな……。
 獅月を眺めならが考える。

 しかし獅月が考えていたのは、俺の予想とはかけ離れていた。

「俺もその子が好きだと思ってたから。でも、急に男だって知って戸惑ってしまった。女だと思っていた時は紛れもない初恋だと思ってたのに。男だって分かった瞬間、その子の気持ちに応えられないまま、連絡できないでいたんだ」

 今日、久しぶりに会ったのだと言う。
 コンビニで顔を合わすかもしれないと思いながら、でも風邪で休んでいると聞いた。
 会いにいったのは単純に心配もあったが、もう一度顔を見れば自分の気持ちがはっきりするかもしれないと思ったからだと続ける。

 俺は獅月の話に耳を傾けていたが、段々と焦りが出てくる。

 告白されたのが男で、しかし獅月はその人のことを女だと思っていた。獅月はその人に好意を寄せていたが、男だと分かり判断しかねている。
 そして今日、その相手の所にお見舞いに行った。

 それはソラだ。

「———待って、どういうこと? ソラは女の子じゃないの?」
 順を追って頭を整理すると、そういうことになる。
 ソラは女だと思っていたけど本当は男で、獅月のことが好きで告白した?
 有り得る話だ。あのソラの見た目と声なら、誰も男だなんて思わない。特に声だ。作った声であるのは接客中だったからか……それでも男の要素を感じさせない声色をしている。
 ということは、ソラは獅月のことが元々好きで、近付くために女のふりをしていた?

 でも、それならなんで獅月は悩むんだ。ゲイでもバイでもないはずだ。自分はノンケだからと言えば済む話だ。

 獅月の言葉を待つ。

 獅月はペットボトルのお茶を一気飲みすると、俺の顔を見る。そして端的に答えた。

「ソラは、男だ」