俺のことを覚えてくれているのは、獅月の方だ。
「雷が怖いって、よく覚えてたね」
「そりゃ高一の、ほぼ初対面の頃に、俺にしがみついて離さないとかインパクト強すぎて思い出すと笑っちまう」
「あ、あの頃ほど怖くなくなったよ!!」
「じゃあ、手離すか」
「やぁだーー! まだダメ」
 獅月の腕にしがみつく。獅月はやっぱり笑っていた。

 ———本当は、そこまで怖いってわけじゃない。大きな音にはビックリするけど、トラウマになるような思い出もないし、一人でいる時はヘッドホンでもすれば平気。何なら、姉たちが突然始める演奏の方がもっと驚く。

 高一の頃は、とにかく獅月に触れたくて雷が怖いふりをしていた。その時に獅月が守ってくれたのが嬉しくて、雷の度に甘えたくて怖がるのが癖のようになっていたのだ。

 時間が開くと、そんな自分の定めた設定も忘れてしまっていた。それを覚えてくれてたのは本当に嬉しい。何も言わなくても手を握ってくれ、腕にしがみつくのを嫌とも言わない。

 雨音は激しくなる一方で、獅月は「どこにも出かけなくてよかった」と言いながら窓の外に目をやる。
 俺はそんな獅月の肩に頭を乗せ、腕を組んだ先で男らしい手を弄っていた。

「あのさ、獅月は結局進学するの?」
「ん、冬哉たちと一緒に通うよ。まだギリ間に合うし」
「本当に? 自分に無理してない?」
「してないしてない。それなら最初からやらねぇよ。で、冬哉の方はその後判定はよくなった?」
「へっへーんだ。響平先生と伊織先生のおかげで、先日B判定もらったんだ」
「まじ? スゲー頑張ってるじゃん」
「だってさ、俺には音楽しかないから。そのためにやらないといけない事から逃げたくない。動画を投稿したのも、獅月の加入を諦められなかったから。でも、どうしても自分から連絡する勇気がなくて……何かアクションしないとって」
「その動画に背中を押されて俺から連絡したんだから大成功だな。俺も、何かキッカケが欲しかったんだと思う。自分の気持ちは何となく感じてて、でもそれを確信に変える何かが欲しかった。それがあのライブと動画だった。これからは本気でやるから」
「うん、すっごい頑張ってもらうから覚悟しといてよ。響平たちにも早く報告したい」

 獅月の「会った時に言う」と言っていたことが、まさかバンドへの本格的な加入だとは思いもよらない。てっきりソラとのその後の話でも聞かされるかと身構えていた。でも獅月は俺を気遣ってかソラの名前も出さない。もう殆ど両思いみたいな雰囲気だったから、今さら改めて付き合っているなんて報告をする気もないのかもしれない。
 ……俺からは聞けないしな。
 いつか獅月の口から話してくれるか、それとも直接ソラを連れてきて紹介でもされるのか……気になるとはいえ、実際そうなったときは逃げたくなるほど嫌がるんだろうなぁとも思う。女々しいのは自覚しているけれど、獅月の恋愛を認められない自分を捨てられない。

 せっかく一緒にバンド活動をしてくれると言ってくれたんだ。変に揉めたりしたくない。
 そもそも獅月をバンドに誘うと決めたあの日から、自分の恋愛は封印すると決めたんだ。バンドが一番大事。俺の恋愛なんかで悩んでる場合じゃない。

「……哉? 冬哉? 何、考えてんの?」
「あ、ごめん。受験終わったらライブやりたいなって思ってた」
「そうだな。何か楽しみがある方が勉強も頑張れるよな」
「でしょでしょ。でも結果が出る前にやろうね。俺っちだけ落ちてたら、悲しすぎてギター弾けないから」
「んなことさせねーよ。俺っていう先生も加わったんだからな」
 さっき響平と伊織を先生と呼んだから、獅月も自分のことを先生なんて言っている。思わずくすりと笑ってしまった。
「確かに、先生が三人もいると安心だ」
「全員、合格しましたって発表できるように頑張らないとな」
 指先で頭を突かれる。
 
 それから沢山話をした。久しぶりだったのもあり、積もる話が沢山あった。
 気付けば夕方になっていて、昼ごはんも食べずに話し込んでいたことに驚いた。インターネットからご飯やおやつを注文する。どうやら今日は部屋から出ずに過ごすようだ。二人きりが確約された。
 お風呂まで一緒に……とはいかないが、それ以外はずっと二人だけで過ごした。
 眠る時は獅月の腕を抱き枕にする。獅月はさりげなく自分の腕を差し出す。
 幸せだ。この幸せが戻ってきてくれたと思うと、せっかく泣き止んだのにまた泣きそうになってしまう。

 ソラという存在を忘れてしまいたかった。
 しかし意外なまでに早く、ソラは俺たちの前に現れた。