獅月の家に向かう途中のコンビニに寄る。前はよく一緒に来ていた。獅月ん家に泊まる時はここでお菓子とジュースを買っていたものだ。

 自動ドアが開くと涼しい風がふわりと肌を包み、「いらっしゃいませ」と可愛らしい店員さんが笑顔を向けてくれた。小柄でふわりとしたショートカットの髪がよく似合っている。
 初めて見る人だなぁと思いつつ、獅月の好きなお菓子とお茶を持ってレジに並んだ。獅月からの着信を知らせるバイブレーションに、急いで通話ボタンを押す。
「もしもし、獅月? 今いつものコンビニだよん。……え、迎え? 大丈夫だよ、獅月ん家は絶対に忘れないから。レジ済ますから、また後でね」
 買い物カゴをカウンターに置きながら、スマホをパンツのポケットに突っ込んだ。

「お姉さん、新しいバイトの人?」
 レジをしてもらいながら、さっきの素敵な笑顔の店員さんに声をかける。日常的に店の人に話しかけているわけではないが、何せ今日の俺は浮かれている。浮かれまくっている。店中のお客さんに話しかけてしまいそうな勢いだ。
 店員さんは目を伏せたまま「はい」と言った。恥ずかしがり屋さんなのかもしれない。

「じゃあ、頑張ってね〜」と手を振り、コンビニを出た。
 再び夏の強い日差しに照らされたが、この先に獅月がいると思えばへっちゃらだ。
 住宅に沿って続く坂道を登ると、やがて白いタイルに車庫の部分だけダークグレーになっている外観の家が見える。そこが獅月の家だ。アイアンのオシャレなフェンスの前でチャイムを鳴らすと、待っていたかのように玄関のドアが開いた。

「っス。入れよ」
「うん」
 心臓が飛び出すかと思った。学校やblackASHでのカッコいい獅月もいいけど、この休日のラフな獅月はもっと好きだ。Tシャツにスウェット、誰もが野暮ったく見えるこのファッションも、獅月だとまるでハリウッド俳優の休日のように感じる……なんて言うとオーバーかもしれないが。でも俺にとってはそのくらいグッとくるものがある。

「朝から暑かっただろ」
「やばいね。学校まで自転車なの、本当に大変だろうなって思うよ」
「毎年、夏休み入る前には日焼けしてるもんな。何もしてねぇのに」
 当たり前に獅月の部屋に誘導され、二階に上がる。
「彩ちゃんは、今日も仕事?」
「あいつは仕事が趣味みたいなもんだからな」
 人の母親をニックネームで呼ぶなんて、俺くらいだって以前つっこまれたことがある。でもいつしかそれが普通になっていった。
 獅月といる時間の何もかもが当たり前だったけど、それが実は全て特別だったと気付いたこの数ヶ月。今日ここにいるのだって、決して当たり前じゃない。一瞬一瞬を、大切にしたい。

 部屋に入ると、獅月の匂いに包まれる。思わず鼻から勢いよく息を吸い込んだ。
「久しぶりの、獅月の匂いだ」
「何だよそれ、人をおっさんみたいに」
「そうじゃないよ。俺が一番安らげる香りなんだから」

 とは言え、何を話せば良いか分からない。前は何を喋っていたっけ。内心慌てながらコンビニで買ってきたお菓子を袋から取り出す。

「これ、俺が好きなやつ。覚えててくれたんだ?」
 獅月が隣にどかっと腰を下ろす。
「当たり前じゃん。なんせ俺っちは獅月マイスターだからね」
「なんだそりゃ」と笑う。
 この笑顔が好き。くくっと、男らしい喉仏が上下する。髪を掻き上げる時に目を伏せ、この時だけまつ毛が長いのが目立つ。薄い唇の輪郭が綺麗のも、この距離じゃなければ分からない特等席。誰にも渡したくない、俺だけの場所。

「あのさ、この間のライブ……」
 獅月から話題に出してくれる。やっぱり動画にして良かったと思った。けれども俺は次の一言で飛び上がるほど驚く事になる。

「動画、観てくれた? どうだった?」
 動揺を隠すように平常心を装う。万が一、誘って欲しかったなんて言われれば本望だが、そうではなかった。

「いや動画じゃなくて、あの日、俺もblackASHにいたから。ライブ、すげー良かった」
「いた?……獅月、ライブハウスで見てたってこと?」
「そういうこと。バイトは休みだったから、カウンターで座ってのんびりしてたら、エンフェクが出てきてマジでビックリした」
「か、カウンターから……観てたんだ。気付かなかった」

 獅月に相槌をうちながら、背中には冷や汗が流れている。伊織たちが、わざわざ獅月の休みの日を聞き出してあの日にしたのに……え、まさかオーナーが言った? でもそれなら獅月も直ぐに説明するだろう。と言う事は、本当にたまたま遊びに来てたってこと?

「なら、手くらい振ってよぉ! カウンター席じゃ見えないだろう!?」
 わざとらしい笑顔を向け、獅月の肩を叩く。すると獅月はその手を握って体勢を変える。
「───獅月?」
 近い距離で向き合うと、視線が逸らせないほど力強い眸ひとみで捕えられた。