獅月を避けたまま夏休みに入ってしまい、このまま夏が終わると思っていた。獅月から連絡が来るとは期待しないように気を付けていたが、心のどこかでは待っていたのは当然のことで……。実際、それが現実となると感情が溢れ出して言葉が出てこない。
 なのに、こんな時でも新しいメロディーは頭の中で流れるんだ。今の気持ちを表しているような、慌ただしく波打つようなメロディーが。

『冬哉? 俺、獅月だけど……』
 繋がったのに一向に喋らない俺に、獅月が電話の向こうで困惑している。
「……ぅん……」
『泣いてるのか?』
「……泣いてる。泣いてるよぉ!! 獅月のバカー!! 俺のこと一人にし過ぎだろう!!」
『あぁ、そうだな。悪かった』
「俺のこと、寂しがらせたらダメだろう!!」
『寂しいって思ってくれてたんだ?』
「寂しすぎて孤独死する寸前だった!」
『そっか、間に合って良かった』

 困ったように笑いを堪えてる獅月の顔が思い浮かぶ。もしも獅月から連絡が来たら、もっと意地悪く接してやろうと思っていたのに、全く無理だった。
 枯れていた花が蘇るように、俺の中に獅月が満ちていく。
 ダイレクトに獅月の声が入ってくるのも、なんだか耳がくすぐったいけれど、声を聞いてしまえば会いたくて仕方がない。顔を見て、獅月に触れて、隣で眠るまで話していたい。
 当たり前のようにしてきたことが出来なくなってしまってから、思い返せばたった数ヶ月の間なのに、もう何年も離れ離れになっていたような気がする。

「何で迎えに来てくれなかったんだよ?」
『ははっ。拗らせてんな』
「これは俺っちのかわいい我儘なの」
『まぁ……冬哉が電話出てくれて、会いたいって思ってくれてて、今スゲー安心した』
 獅月が大きく息を吐き出した。それって、獅月も不安に思ってくれていたってこと?
 俺に会いたいって思ってくれてたってこと?
 獅月は大きなため息のあと、『電話に出てくれなかったら、どうしようかと思ってた』と漏らした。
「……ちゃんと出るよ」
『とりあえず、出るまで鳴らし続けてみようとは思ってた』
「どうして?」
『うーん。それは、会ってから言うわ』
「当たり前に“会う”って言うんだね」
『もう決めてるからな。冬哉に会うって決めたから電話した』

 普段よりも少し低い声が心地よく響く。会うと断言してくれたのが嬉しかった。まだ必要とされている気がした。獅月が他の人のところに行ってしまうのが怖くて逃げたのに、自分の居場所がまだそこにあると分かれば、また獅月の隣に行きたいと思ってしまう。

『近々、会えねぇ?』
「今! 今すぐ行く?」
『もうバスないだろ?』
「あ……そうだった……」
 もう深夜なのを忘れていた。クーラーを弱め、もぞもぞと布団を被る。
「じゃあ、せめて俺っちが眠るまで話してて」
 このくらいの我儘は許されるはずだ。少しは恋人面でもさせてもらわなければ、傷ついた心は癒しきれない。
 獅月と明日(もう今日だけど)早速会おうと約束を交わしながら、頭の中では泊まってやると決めた。

 そして折角寝落ちるまで話してくれると言ったのに、俺はものの五分も経たないうちに熟睡してしまったのだった。

 翌朝、アホ面で目覚めた自分を責めた。気が緩みすぎて変なポーズで寝ていたらしく、布団は床に落ち、寝癖の付きにくいサラサラの髪が芸術的なウネリを見せている。とりあえず、今日の獅月との会話のネタにしようとスマホで写真を撮っておいた。

 シャワーを浴びてようやく気が引き締まり、着替えて家を飛び出す。
 最寄りのバス停に丁度なタイミングでバスが停まった。通い慣れた道を進む。高校前で降りると、獅月にメッセージを送っておいた。
 
 もうすぐ獅月に会えると思うと、はやる気持ちを抑えられない。
「今日も暑ちぃね」
 太陽の光を遮るようにキャップを目深に被り、日陰を選びながら足を進めた。