これまでの楽曲とは雰囲気が全然違うと思った。
 冬哉の作る歌といえば、ライブでガンガン盛り上がるロック色の強い楽曲が多い。動画配信では、さらに編集してJAZZのようでもあり、HOUSEのようでもあり……。それでいて、それは本物のロックなのだった。
 聴く者は一音目で惹きつけられ、ワンフレーズ聴いただけで夢中になる。とにかくぶっ飛んだ音楽を作る天才だ。
 心の底から楽しんでいるのが、ヘッドホンから伝わってくる。そんな曲だ。

「珍しいな。冬哉が作った曲とは思えない」
「たまにはさ、こういう王道の失恋ソングも良いかなって」
「ああ、良いと思う。キー的にも歌いやすそう」
 そう言うと、冬哉はご満悦で口角を上げた。
「実は……この歌は最初から獅月に歌ってほしくて作ったんだよね」
「はっ? なんでだよ」
「それはまた、タイミングがあったら言うよ」

 変な冬哉だと思いながらも、練習に入る。
 まさか自分がステージに立つとはな……と思いながらも、鼻歌を歌いながらライブ会場を見渡した。
 次は対バンのメンバー的にもかなりの人数が集まるだろう。
 いつもはカウンターや会場の隅の方で、働きながら音楽を楽しんでいる。
 ここからの景色は全く違うと感じていた。

 やはり冬哉の歌が好きだと思う。
 歌詞の言葉選びからメロディー、テンポ。全て計算され尽くしているように心地良い。
 しかもライブハウスで歌うのは、冬哉の部屋で歌うのは訳が違う。
 自分の歌声と楽器の音が乱反射して響きわたる。
 
 あぁ、確かにこれは気持ちいい。

 一曲目が終わると、冬哉が走り寄る。
「さっすが! 復習しなくても完璧に歌詞入ってるね、獅月」
「まぁファンだからな」
 得意げに笑って返した。

「新曲は三日後に合わせたいんだ。大丈夫? 後で音源送るけど」
「まぁ、そんな難しいメロディーじゃないし。十分」
「本当に頼りになるわぁ」
 冬哉はお調子者ではあるが、無闇に誉めたりはしない。俺の歌声に嬉しそうに笑う冬哉を、他のメンバーも納得して共感の声を上げた。

 本番は一週間後。集中的に練習しないと、中途半端は嫌いだ。
 助っ人で台無しにするわけにもいかない、重要な役割だから、少し気が重い。
 
(でもまぁ、引き受けたからにはしっかり楽しもう)

 black ASHを出ると、恭平と伊織とはここで解散した。

「今日、俺ん家泊まってく?」
「マジ? 助かる〜。バスの時間までどうしようかと思ってた」
「冬哉、よくこんな遠い高校まで通ってるよな」
「放課後動きやすいからね〜。俺っちの地元じゃライブハウスなんてないし」
「確かに。立地的には恵まれてるよな。この辺」
 
 帰り道のコンビニで冬哉の下着だけ買うと、獅月の家へと帰った。
 夜は少し暑さが和らぐ。
 見上げた夜空にはまんまるの月と、満天の星が瞬いていた。

「獅月、本当にありがとね。ライブのこと」
「お礼はライブが成功してから言えよ」
 坂道を登る。自転車を押す手に力を込めた。