さりげなくソラを見ると、俯いたまま縮こまっている。華奢な肩を震わせ、今にも膝から崩れ落ちそうなのを必死で耐えている。
「———あのさ」
 肩に触れようとした瞬間、ソラはハッと息を呑み顔を背けた。

「ソラ」
「———んなさい……嘘ついてて、ごめんなさい」
 勢いよく上半身を折り曲げる。慌てて顔を上げてもらったが、目を合わせてはくれない。
「あの……いや、なんて言うか……怒っては、ない……から」
「———ケンタ君の言った通りだよ。全部。最初から獅月に興味があって、あのライブハウスに行った。エンフェクも人気だし『獅月君が歌うらしい』って、周りの女友達が盛り上がってて。そんな時、ケンタ君が軽音部の助っ人が決まったから見に来て欲しいって言われて、ようやく念願叶ったの」

 ソラは事の全てを話し始めた。
 大学の友人には、今ではソラが男で同性愛者で、ケンタと付き合っていることも全て認知されているそうだ。ソラは付き合っているのは隠したいと言ったそうだが、ケンタの態度があまりにも分かりやすく、周りにバレるまで時間はかからなかったと言う。

 エンフェクのライブには前から興味はあったものの、ケンタに見たいとは言えなかった。
 女友達もケンタの手前ソラをライブには誘わなかった。それが直前になってケンタがライブに出ることになったから誘ってくれたのだそうだ。

「一度見られたらそれでいいと思っていた。いつも動画で見ているエンフェクの生のライブを、自分も体感してみたいだけ。深い意味はなかった」
 それでもblack ASHに行くこととなり、ソラの頭の中はすでにケンタよりもエンフェクに興味が注がれていた。

「獅月のことも、動画で見てたら顔くらいは知ってた。でも本物を見ちゃうとダメだね。周りの女の子が夢中になっちゃうの、分かる。帰ってからもずっと獅月が頭から離れなくて、ケンタ君といても上の空で。そのうち大学以外では、マンションにこもってひたすらあの日のライブ映像を観て過ごしてた」

 こんなにも心を動かされたのは初めてだと胸の前で手を組む。コンビニでバイトを始めたのは、ライブハウスに通うためだったと続けた。

「もう一度会いたかった。それがまさか、ここでバイトを始めた途端会えるなんて思ってなくて」
 ソラにとっても、俺との再会は望んでも叶うはずのない奇跡だったのだ。

 ソラは話しながら落ち着きを取り戻したようだった。「ソラ」と呼ぶと、今度は俺の顔を見てくれた。 
「さっきも言ったけど、別に怒ってねぇから。そりゃ、びっくりしたし、今でもまだ信じられないけど。でも俺だってソラは女って決めつけてた。ずっと探してたし、ここでまた会えたのは本当に奇跡だって思ってる。だから謝らなくていい」
 動揺は隠しきれないが、今の精一杯の言葉を伝える。

 正直、好きだと言われたことに対し、複雑な気持ちになってしまったのも否めない。女だったら素直に喜んでいたはずだ。
 普段は別に人の恋愛なんてそれぞれだから、マイノリティーもセクシャリティーも否定する気持ちなど少しも持っていなかった。でもそれは当事者じゃないからだと現実を突きつけられた。こんなにも性別を気にしている人間だとは、自分自身が気付いていなかった。

 ソラは少し黙り込んだ後、決意を固めたように告げる。
「あの……今まで楽しかった。ありがとう。もしかして男だってバレなければ、恋人になれるかもなんて、ちょっと期待した」
 あはは……と空元気に笑い、目尻の涙を拭う。
「でもダメだね。きっと、どんどん自分を苦しめてたと思う。ずっと獅月を騙してるって分かってて、それでもやめられなかった。少しの間でもいいから、夢が見たかった。そろそろ現実に戻らないと。ありがとう、獅月。じゃあね」
 今にも泣き出しそうなのに、なんとか口角を上げてソラは俺に手を振り帰って行く。

「まっ……! ソラ!」
 呼び止めたが、振りむきはしなかった。追いかけることすら許されないような気がした。

 ハッキリと答えが出せない俺を察したのだろう。
 こんな中途半端な状態で、何を話せばいいのか見当もつかない。
 距離を置いてよく考えなければいけないと思うと、それ以上ソラの名前を呼べなかった。

 ソラの姿が見えなくなるまで、コンビニの駐車場に立ち尽くしていた。
 滴る汗を拭いもせず……。