ケンタはソラを恨むような視線を送りながら、「あの事は知っているのか?」と声をかける。
「あの事ってなんだよ」
「ふん、やっぱり知らないんだな」
 ケンタは言葉の一つ一つにワザと意味ありげな雰囲気を含ませていて、いちいち話の本質が見えない。ソラの興味を自分に向けようと必死なのか元々の性格なのか、どちらにせよ、俺が嫌いなタイプには間違いない。
 男ならハッキリ言えと口にしようとした寸前、ケンタがパッと俺に視線を移し静かに言った。
「コイツが男だって知ってんの?」
「なっ……」

 あまりにも唐突すぎて言葉に詰まってしまう。虚を突かれた俺の表情で全てを理解したケンタは、追い討ちをかけるように続ける。
「だから如月空想は、男なんだよ、男!! 見た目こんなだし言わなきゃ誰もわかんねぇよな。俺だって、最初は女だと思ってた。まぁ、俺は根っからのゲイだから逆に知るまでは近寄らなかったタチなんだけど。軽音部の友達の繋がりでよく部室に来てた空想と話すようになってからしばらくして、実は男だと打ち明けられた。その頃は周りで俺しかその事実を知らなかった。んで、コロッと惚れたってわけ」
 ソラが入学して間もない頃で、人見知りをするソラは、女の子に間違われて違うと言い出せなかった。それでしばらくは周りから女扱いされていたという。ケンタには男だと打ち明けた上で、他の人にも本当は男だと言いたいと相談をしていたようだ。それから二人の距離は縮まり、交際に発展した。
 ケンタは全てを説明した上で、なぜ俺には最初から男だと言わなかったのか説明しろと詰め寄る。

「空想は女に間違われたくないんじゃなかったのかよ? なんでコイツには女って偽ってんだよ」
「そ、それは……」
「どうせ、コイツがストレートだって気付いて隠してたんだろう?」
「……」

 何か言い返さなければ。そう思っても、単語の一つも出てこない。
 ソラが、男……?
 
 ケンタは、ソラが俺との関係が上手くいきそうになって、ようやくハッキリと別れを告げたのだと、更にソラを責め立てる。
 庇ってあげないと……一方的に責められて、ソラの言い分も聞いてあげないと……。
 頭で思っても、一人別世界に放り出されたように呆然と立ち尽くすしか出来ない。

 ずっと探していた人と偶然再会を果たし、その人が自分を覚えていてくれたことに舞い上がっていた。ソラの性別なんて気にしたこともなかった。スカートこそ穿いているのを見たことはなかったが、コンビニのバイトじゃパンツスタイルが当たり前だし、スカートを好まない女性だっている。
 見た目だけではない。声だって仕草だって、男だと感じさせたことは僅かにもなかった。疑いもせず、俺はソラが女だと思い込んでいたのだ。

 ケンタの暴言に反論しないところを見ると、コイツが話したソラとの経緯は全て本当なのだろう。
 正直、こんな形で知りたくなかった。
 いずれは知る時が来る。子供の恋愛じゃない。付き合えばキスだってするし、俺はその先だって望んでいる。そんな時になって男だと知ったら……。
 俺はどうした?
 
 いや、今どうするんだ。冬哉に愛想尽かされるほど夢中になっていたのに、男だと知った途端やっぱりやめますと言うのか? それなら、俺はソラが女だから好きになったみたいじゃないか。ソラという人間を好きになったんだ。なら……でも……。

 感情が渦巻く。答えが出ない。
 今、この状況をどう鎮るべきなのかさえ、考えられない。

「ケンタ君、ごめんなさい。振られても……獅月が好き」
「———ソラ」
 こんなタイミングで告白されるなんて……。

「もう分かったよ!! じゃあな!!」
 ケンタはこれ以上話ても無駄だと悟ったらしく、捨て台詞を吐いてコンビニを後にした。

 気まずい空気が二人の間を流れる。
 どちらから話し始めるのか、お互い様子を伺っていた。