「おい、店の前で何やってんだよ」
 自転車に助走をつけ、ソラとその男の間に割り入った。男は一瞬俺を睨みつけたが、どうやらblackASHに出入りしている人らしく、俺のことを直ぐに認識したようだ。しかし問題はその後だった。
 その男がソラに悪態をつき始めたのだ。
「やっぱり、お前は俺を見に来るフリして、こいつが目当てだったんだろう!?」
 今度は俺越しにソラを睨みつける。まだこの男が言いたいことが理解できないが、どうやらソラがあの日、友達を見に行ったと言っていたのがコイツだったようだ。

 しかしソラはあの時、初めて俺を見たと言っていた。エンフェクの名前くらいは知っていたが、俺はボーカルとして入ったのはあの日だけ。しかも宣伝はしていなかった。
 女子たちの情報網が凄まじく、何処からか噂を聞きつけて見に来た客もいたが、大学生のソラが俺目当てでライブに来るなどあり得ない。とんだ当てつけだ。

「なぁ、何が言いたいんだよ。ハッキリ言えよ」
 blackASHで働いている俺のことは一方的に知っているようだが、俺の方は流石に客やバンドマンの全員を把握しているわけではない。常連のバンドメンバーなら大体は連絡先の交換もしている。
 ただ、あの日の対バン相手は三組とも常連組だったはずだ。ということは、コイツも俺と同じように助っ人で急遽参加したのかもしれない。

「ソラが俺を知ってるはずないだろ? あの日、ソラは初めてライブハウスに来て、初めてエンフェクを見た。なんで俺を狙って来るんだよ。思いつきで悪態つけるのもいい加減しろよ。大体、ソラはお前を見に行ったんだろう? 俺も友達を見に行ったって、そう聞いたぜ?」
「そんなわけねぇよ。エンフェクに助っ人でblackASHのバイトが入るって噂は、大学の軽音部でも広まってた。お前が、エンフェクメンバーと練習してるのを見たってやつが情報回したんだよ」

 なるほど……呑気なことを思っている場合ではないが、確かにあの頃はエンフェクのメンバーとやたら連んでた。それに勘のいい女子が気付いたってわけか。単純に感心してしまう。

「でもそれで、なんでソラが俺目当てになるんだ」
「そりゃ気になったんだろ。噂で聞くほどだったから」
「初めての場所に行くほど?」
「何もなければ行けないだろうが、俺っていう都合のいい言い訳ができたからな」

 俺の予想通り、この男もあの日、助っ人で一組目のベースとして参加していたようだ。
 そしてそれを利用して、ソラが初めての場所に一人で来たと言いたいらしい。
「それにしても俺が今タイミングよくここに来たからって、なんで悪者にされないといけねぇんだよ。ソラが俺に興味があるって言ってならともかく、変な言いがかりするんじゃねぇよ」

 ソラを好きだったのに振られた……とかそんなところか。悪足掻きの末に俺に八つ当たりとは、またとんでもない奴に好かれたもんだ。

 しかしこの男がソラを誘ったのは下心か……と思えばそうではなかった。

「ソラが俺を友達って言ったのか?」
「は? だからそうだって言ってるだろ」
「俺ら、付き合ってるはずだったんだけどな」
「な……に言ってんだよ」
「だから、俺とソラは付き合ってたんだよ。あのライブの頃まではな。でも、あの日から徐々にソラと連絡が取れなくなっていった。もしかするとライブハウスに通ってるのかと思って何度かblackASHに足も運んだけど、その様子もなかった。俺だって、お前が関係してるとは思ってなかったよ。客もバンドマンもいっぱいいたし、特定なんてできなくて当然だ。でも、今ここにお前がいるってことが何よりの証拠なんだよ」
 男がここまで言った時、ソラが慌てて身を乗り出した。
「ケンタくん、それ以上は言わないで!!」
「ソラ?」

 しかしケンタという男はソラのセリフにさらに逆上してしまう。
「俺はお前の新しい男に、悪者呼ばわりされたんだぞ!? それでまだお前を庇えっていうのかよ!!」
「いや、話の意図が見えねぇよ。ハッキリ言えよ」
「———この前、好きな人がいるって。ソラに言われた。ライブで一目惚れした人がいるって」
「ケンタくん!!」
「コイツのことだろ? 慌てるってことは図星だな」
 ソラが完全に黙り込んでしまった。

 しかし、話はこれだけに終わらなかった。ケンタという男は、この後衝撃の一言を放ったのだ。