その夜は眠れなかった。
折角ソラとプライベートで会えたにも関わらず、black ASHから出た後直ぐに見送ってしまった。とても平常心ではいられなかった。
冬哉はいつも通りだったが、その“いつも通り”がとてもショックだったのだ。我儘とは自覚していても、自分がいなくともエンフェクは十分成り立っていて、“いつも通り”完璧な演奏を披露した。
それを聴いて、俺は勘違いをしていた事にようやく気が付いた。なんでも受け身で過ごしてきたのだと。恋愛もバンド活動も進路も何もかも。
自分というものを持っているようで、何に対してもそこまでの熱意も拘りも何も持ってはいなかった。
幸か不幸かステージからカウンターに座る人の顔までは見えない。だから冬哉は、俺がソラを連れてblackASHにいたとは気付いていないだろう。もし仮に気付いていたとしたら、きっと動揺して弾けなかったのではないかと思う。
行かないほうが良かったのかもしれない。冬哉はライブをする時は俺がバイトに入っている日を確認しに来る。なのに、今回はそれをしなかった。ということは、寧ろ俺がいない日を選んで来たということか?
でもサプライズでの参加だったから、本当に今日、急遽……という可能性もある。
「ダメだ。考えすぎて眠れねぇ」
暗闇の部屋で目を見開く。親友だと思っていた冬哉が遠くに行ってしまうような焦りを感じ、落ち着かない。
ベッドとは反対の壁際にある、棚の上のデジタル時計に映し出された光は午前一時を示していた。
長期の休みに入ってしまい、学校に行くこともない。このままギクシャクしたまま一ヶ月半を過ごすのは相当滅入る。
スマホを手にし、動画配信アプリを開こうとしたを既のところでやめ、電源を落とす。きっと冬哉のことだから、今日のライブの動画をもう投稿しているだろう。
今日の演奏は特に素晴らしくて、余計に虚しさを感じずにはいられなかった。それと同時に、自分もそこに立っていたいと、痛いほど気付かされた。
俺は、冬哉たちとバンドがやりたいんだ。
冬哉たちの演奏に、自分の歌を乗せる。今日、あのステージに一緒に立てていたら、どんなに楽しくて有意義だっただろうか。
頭の中で助っ人で入った時のライブ映像が流れ始める。ライブハウスに押し寄せた人たち全員が一体化し、心地良かった。終わってほしくないとさえ感じていた。
この熱狂の中心に自分がいるのが堪らなく優越感だった。
あの感覚をもう一度……いや、これからも味わいたい。
「こんなことになってから気付くなんて」
真っ暗な空間で呟く。「ごめん」と。
もう迷わないから、これからは冬哉のこともソラのことも、しっかりと向き合えると今度こそ意気込む。
しかし現実は、簡単に前進させてはくれなかったのだ。
ソラをblack ASHに連れて行ってから少し経った頃。
ソラがバイトの時を狙ってコンビニへと向かっていた。あの日、直ぐに帰らせてしまったことをソラは全く怒っていなかったけれど、その後埋め合わせも出来てないままだった。電話やメッセージの回数には気遣うようになっていたし、なんとなく自転車に跨ったのだ。
朝イチとはいえ既に日は高く、今日も猛暑になる気配を感じさせていた。
坂道を下る風を感じながらペダルを漕ぎ、コンビニの駐車場が見えた時、ソラが見知らぬ男性と話しているのが見えた。
しかしそれがどうも穏やかではない。
「誰だ、あいつ……」
目を顰め、男の顔を凝視する。どこかで見たことがあるような気もするが思い出せない。
それでもソラが困っているのは目に見えて明らかであった。自転車のスピードを早め、コンビニの駐車場に滑り込んだ。
折角ソラとプライベートで会えたにも関わらず、black ASHから出た後直ぐに見送ってしまった。とても平常心ではいられなかった。
冬哉はいつも通りだったが、その“いつも通り”がとてもショックだったのだ。我儘とは自覚していても、自分がいなくともエンフェクは十分成り立っていて、“いつも通り”完璧な演奏を披露した。
それを聴いて、俺は勘違いをしていた事にようやく気が付いた。なんでも受け身で過ごしてきたのだと。恋愛もバンド活動も進路も何もかも。
自分というものを持っているようで、何に対してもそこまでの熱意も拘りも何も持ってはいなかった。
幸か不幸かステージからカウンターに座る人の顔までは見えない。だから冬哉は、俺がソラを連れてblackASHにいたとは気付いていないだろう。もし仮に気付いていたとしたら、きっと動揺して弾けなかったのではないかと思う。
行かないほうが良かったのかもしれない。冬哉はライブをする時は俺がバイトに入っている日を確認しに来る。なのに、今回はそれをしなかった。ということは、寧ろ俺がいない日を選んで来たということか?
でもサプライズでの参加だったから、本当に今日、急遽……という可能性もある。
「ダメだ。考えすぎて眠れねぇ」
暗闇の部屋で目を見開く。親友だと思っていた冬哉が遠くに行ってしまうような焦りを感じ、落ち着かない。
ベッドとは反対の壁際にある、棚の上のデジタル時計に映し出された光は午前一時を示していた。
長期の休みに入ってしまい、学校に行くこともない。このままギクシャクしたまま一ヶ月半を過ごすのは相当滅入る。
スマホを手にし、動画配信アプリを開こうとしたを既のところでやめ、電源を落とす。きっと冬哉のことだから、今日のライブの動画をもう投稿しているだろう。
今日の演奏は特に素晴らしくて、余計に虚しさを感じずにはいられなかった。それと同時に、自分もそこに立っていたいと、痛いほど気付かされた。
俺は、冬哉たちとバンドがやりたいんだ。
冬哉たちの演奏に、自分の歌を乗せる。今日、あのステージに一緒に立てていたら、どんなに楽しくて有意義だっただろうか。
頭の中で助っ人で入った時のライブ映像が流れ始める。ライブハウスに押し寄せた人たち全員が一体化し、心地良かった。終わってほしくないとさえ感じていた。
この熱狂の中心に自分がいるのが堪らなく優越感だった。
あの感覚をもう一度……いや、これからも味わいたい。
「こんなことになってから気付くなんて」
真っ暗な空間で呟く。「ごめん」と。
もう迷わないから、これからは冬哉のこともソラのことも、しっかりと向き合えると今度こそ意気込む。
しかし現実は、簡単に前進させてはくれなかったのだ。
ソラをblack ASHに連れて行ってから少し経った頃。
ソラがバイトの時を狙ってコンビニへと向かっていた。あの日、直ぐに帰らせてしまったことをソラは全く怒っていなかったけれど、その後埋め合わせも出来てないままだった。電話やメッセージの回数には気遣うようになっていたし、なんとなく自転車に跨ったのだ。
朝イチとはいえ既に日は高く、今日も猛暑になる気配を感じさせていた。
坂道を下る風を感じながらペダルを漕ぎ、コンビニの駐車場が見えた時、ソラが見知らぬ男性と話しているのが見えた。
しかしそれがどうも穏やかではない。
「誰だ、あいつ……」
目を顰め、男の顔を凝視する。どこかで見たことがあるような気もするが思い出せない。
それでもソラが困っているのは目に見えて明らかであった。自転車のスピードを早め、コンビニの駐車場に滑り込んだ。