久しぶりにステージに立つ。サプライズという効果もあってか、いつもに増してオーディエンスのノリがいいように感じる。それとも、ライブから離れている期間が少し空いたから自分自身が忘れてしまっていただけなのかもしれない。
 前回は獅月に助っ人としてボーカルに参加してもらった時だった。今回、もしかすると何故獅月がいないのかと声をかけられるかと思ったが、バイトの休みの日を選んだことでそういう流れにはならなかった。今回は獅月の都合が合わず来られなかったと捉えてくれたようだ。
 まだ正式メンバーになっていたわけではないのも、今日に限っては功を奏した。
 俺にとってblack ASHという場所はとても大切だし、かと言って今は獅月とどんな顔で会えばいいのか分からない。
 伊織に甘えて、獅月がバイトの休みの日を聞いてもらって良かったと思った。
 おかげで思い切り演奏を楽しめた。

 これで獅月への気持ちも断ち切ればいいのかもしれない。諦めれば、楽になれるのかもしれない。

 でも出会ってしまった王子様。
 その姿を見てしまえば、きっと俺は何度だって恋をしてしまうだろう。
 次はこんな歌を作ってしまいそうだ、なんて考えながらも演奏はヒートアップしていく。

「ラスト〜!! 盛り上がってこーー!!」
 マイクに向かって叫ぶと、俺と同時に全員が拳を握った片腕を突き上げた。重低音が床から腹の奥まで痺れさせる。空気が揺れる。会場を見渡すと、全員がこの音に酩酊している。
 あぁ、これだ。もっと、もっと酔ってくれ。この音楽に。この空気に。

 ドラムのリズムに合わせてピックで弦を弾くと、ギュインと波打つ音がライブハウス内に乱反射する。

 上半身を大きく前後に揺らすと、髪の先から雫が迸る。それがよりステージを煌めかせた。

 いつまでも浸っていたいこの感覚。
 夢中になれる一時。終わってほしくない。ずっとこの中に住んでいたい。Tシャツが汗で体に張り付いているが、そんなのも気にならないくらい没頭した。
 頭は澄み切っているのに、現実の世界からは果てしなく遠い場所までトリップしたような感覚。それはこの状況の何一つ欠けていても起こり得ない感覚なのだ。

 最後の一音を鳴らすと、俺はここ最近で一番の笑顔を見せた。
「どうもありがとーーー!! またサプライズで来た時はよろしくね!!」

 あまりにも盛り上がりすぎて、またライブをすると勝手に宣言してしまった。客の殆どは俺が受験生だと知っていて、受験勉強で活動を制限しているのも認知されている。
 それもあってか「どうやら冬哉が勉強のしすぎてストレスが溜まると、またライブするらしい」という、言ってもないのに本当の噂がこのあと流れてしまった。

 今日のことは、オーナーには口止めしてもらっている。
 前はあんなに獅月を無理矢理誘い込んだのに、今度は気まずいから三人でやるなんて、あまりにも勝手すぎる。それでもこうでもしなければ、自分が壊れてしまいそうだった。
 だから、今日ライブが出来たのは後悔していない。

「冬哉、めっちゃ楽しんでたね」
「伊織と響平のおかげだよ。本当にありがとう」
「でもいくらオーナーが秘密にしてくれたとしても、結局は客から獅月の耳には入るぞ?」
「それはそれで仕方ないよ。どうせ今回のも編集して動画にアップするし。でも、殻にこもってるよりずっと良かった。やっぱり自分の居場所はここなんだって実感した」
「じゃ、活動を続けるためにも明日からはまた猛勉強だな」
「響平ーーー!! それ今かける言葉ぁ??」

 三人で笑い合う。失恋目前だけど、二人のおかげで笑えている今に感謝する。どうせ獅月への片想いはやめられない。本人にバレないような恋の歌でも作ろうと、頭の中でメロディーを組み立てていく。ミドルテンポだけれど、どこか憂いてしまうのが、今の自分を反映させすぎているようだった。