あれから何度もスマホをチェックしたが、冬哉から折り返し連絡は来なかった。もう、見限られたか……そうではないと思いたい。もう一度電話をかけようかとも思ったが、時間を開けた方がいいかもしれないと思い直し明日に持ち越した。

 今のまで俺は、冬哉のことを分かっているようで何も分かっていなかった。それどころか、響平や伊織よりも自分の方が冬哉の近くにいるとさえ錯覚していた。あまりにも愚かだと、突きつけられることになるとは思いもよらない。自分の呑気さに呆れてしまう。そんな出来事に、この後直面する。

 翌日、ソラとは直ぐに連絡を取り合いblack ASHにライブを見に行く約束を取り付けた。お互い夏休みに入っていたのもあり、予定も直近のバイトが休みの日に決まる。
 冬哉のことが気になりつつ、向こうから避けられてる今は成す術はない。

 いつものコンビニで待ち合わせをした俺とソラは、black ASHへ足を運んだ。
「オーナー、お疲れっす」
「おぉ、来たの?」
 オーナーがいつも通りを装ってソラに挨拶をしたが、緩んだ口元を俺は見逃さなかった。俺が執着し続けたあの日の客を連れてきたから興味が唆られるのも仕方ないが、爽やかを気取りつつもソラの頭の先から足の先まで舐め回すように視線が動いている。

「人が押し寄せる前に早めに来たってだけだから」
「はいはい、分かってるよ。カウンター座る?」
 人ごみだと緊張するというソラの為に、開店した直後に連れてきたのだ。ステージから離れたカウンターなら、音楽を楽しみつつ、人の熱気を感じつつ、それでいて程良い距離感を保てる。
 
「今日は、前に俺が助っ人に入った時の対バン相手が出るんだ」
「そうなんだ。みんな凄かったもんね。楽しみ」
 ソラも安心したように微笑む。以前の時は想像よりも遥かに人が多く、その盛り上がりっぷりについて行けなかったと言った。
「よく一人で来ようと思ったね」
「友達はチケットが買えたら一人でもフラっと行くって言ってたから。そんなものなのかと思ってた。そしたら、全然違って……でも帰るにもいつ帰ればいいのかタイミングが分からなくて……」
「俺の時までいてくれて良かった」
「会場で周りにいる女の子たちがこぞってエンフェクの話をしてたから。興味あったし、最悪エンフェクだけでも……って思ったら最後だし……」
「ははっ……俺たちだけって、それだとソラの友達が怒るだろ」
「うん、そうだね。ちゃんと聴いておいて良かった」
 照れくさそうに笑うソラが視線を伏せる。

『触れたい』なんて思ったが、なんとか耐えた。焦って失敗したくない。かといって、ずっと友達のままいるつもりもないのだが。

 ジュースを飲みながら、オーナーに適当に軽食を見繕ってもらう。
 今日のバイトや客もゾロゾロと入り始め、ライブが始まる三十分前にはかなりの人で溢れかえった。

「いつもこんな感じなの?」
「日によるけど、まぁ、大体は。バンドマンもチケット捌かないと赤字になるから結構必死だしな」
「そっか、そうだよね。凄いね、みんな」
「好きでやってるから、大変ながらもやりたくてやりたくて仕方ないんだよ。ほら、そろそろ始まる」

 一組目のバンドがステージ上がると、オーディエンスから歓声が上がる。それを煽るようにメンバーそれぞれが楽器を鳴らす。この瞬間は毎回気持ちが昂る。初めて聴く楽曲でも、繰り返し聴いてきた楽曲でも、演奏が始まると同時に体の中に音が溶け込む。それは非現実の世界に入り込んだような感覚だ。

 ソラも前回ほどの緊張感はないようで、自然と体でリズムを取っていた。時折、俺と目を合わせて微笑んでくれる。「楽しいね」と口パクで言うと、またステージに顔を向けた。

 やはり連れてきて良かったと思う。演奏の合間に「今の歌、好きだった?」なんて言葉を交わしつつ、頭の中では次に見せるバンドを選んでいる自分がいた。

 今夜は二組のバンドの演奏で終わるから、時間的にも疲れず丁度いいだろうと思っていた。この後、ご飯に誘おうと思っていたのだが、ここで予想外の展開になろうとは……。

 二組目のバンドが演奏を終えた時、ボーカルの男がマイクを取った。

「今日はこの後、サプライズゲストが出まーーす!!」
 その言葉に会場が湧いた。
 オーナーからはそんな話は聞いていない。今日突然決まったのだろうか。それでも早くからここに来ていたから普段のオーナーなら一番に言いそうなものだ。
 ライブの予定表を見ても、今日のバンドはこの二組の名前しか書かれていなかった。

「誰だろうね」
 ソラもワクワクしてステージに向かって身を乗り出している。
 何故か不穏な予感がした。

 会場からも「誰?」という声が飛び交う。
「じゃあ、呼ぶよ!! エンフェクこと、Empathy⇄Infectionです!!」
 その名前をボーカルが口にした瞬間、会場内が大きく揺れた。

「マジ? 活動頻度落とすんじゃなかったの?」
「今日来て良かった」
 客がざわつく中、伊織に響平、そして冬哉がステージに出てくると、さっきよりも大きな歓声に包み込まれた。

 俺はそれをただ呆然と眺めるしか出来なかった。