数十分ソラとの通話を楽しんだ俺は、そのまま冬哉の番号を履歴から探る。スクロールして自分に愕然とした。履歴がソラ一色に染まっていたのだ。
「———流石にこれは自分でも引くわ」
 エリが全面的に冬哉の見方をすると言ったのも、冷静になれば頷ける気がした。溺れ過ぎている。地に足がついていない。周りが見えていない。これがもし他人なら……以前の俺なら白い目で見ていただろう。心底見下していたかもしれない。恋に夢中になるなんて馬鹿げているとさえ思っていたから。
 恋を知らないのは、俺自身だったのに……。

 以前なら冬哉たちやblack ASHに来るバンドマンとのやり取りがあった。それが、ソラと再会してからというものの、誰一人として新しく連絡先を交換したものはいない。
 折角広い世界にいたのに、自ら狭い個室に入ってしまったような虚しさに襲われた。
 しかもそれは、ソラもそんな狭い世界に入れてしまったということだ。
 プライベートでまだ遊んだことないだけで、殆ど毎日、少しの時間でも電話で話したりしていた。寝落ちるまで通話を繋いでいる時だって珍しくなくある。
 それが楽しい。ソラも楽しそうにしてくれていた。だから気付けなかったという訳ではないが、ソラの迷惑を考えたことがあるかと聞かれると、それはNOだ。微塵にも考えたことはない。

 今だってそうだ。バイト終わりにソラは少しだけ話したかっただけかもしれない。
 俺は三分、五分、十分……と話を繋いで繋いで時間を稼ぐ。折角電話をかけたのに直ぐに切るなんて勿体無いと思ってしまう。自分のバイトの時間まで時間があるから、なんならその時間までだって喋ったっていい。
 これは全て己の都合でしかない。

 やっと目が覚めた気がする。
 そして今度こそ冬哉に電話をかけた。しかし冬哉は出なかった。気付いていて出ないことはないだろう。冬哉はそういうやつだ。きっと練習室に篭っているか動画の編集をしているか、それとも響平たちによる勉強会でスマホを触らせてもらえないか……理由はいくつか思い当たる。
「また後でかけるか」
 目が覚めたからと言って、それがソラを諦めるのとは違う。盲目になり過ぎていた自分に気付いただけでも成長した気がする。

『初恋童貞』
 そんな言葉がふと頭に浮かんで頭を抱えた。まさに自分のことだ。
 女子から言い寄ってくるのが当たり前だった。モテているのも自覚していた上で「面倒臭い」の一言で片付けていた。
 そうだ、ソラは俺にとっての初恋の人だ。

「はっ……この年になって……」
 高校三年生で本気で人を好きなったのが初めてなんて笑える。
 これまで冬哉と連絡が取れなかったのは、むしろ正解だったように思える。自分の痴態に気付けただけでも、冬哉への接し方やかける言葉も全く違ってくるはずだから。
 今なら、素直に謝れる気がする。

 自分が冬哉を落胆させたのは間違いない。ちゃんと自分から謝ろうと決め、バイトに向かうことにした。
 自転車に跨ると、坂を下って大通りを目指す。住宅街を抜け、いつものコンビニを横切り更に進む。大通りに出ると交差点を真っ直ぐ行けば学校、左に曲がってさらに進めばblack ASHが見えてくる。

 十八時を回っても空はまだ明るい。西陽は容赦なくジリジリと照り付け、black ASHに到着する頃にはシャワーを浴びたくなるほど汗ばんでいる。
 しかし一度ライブが始まれば、そんなものは比じゃないくらいの熱気に包まれる。エアコンなんて付けていないかのように、全員が汗だくだ。
 嫌なことも何もかも忘れ、音楽に没頭する。知らない人とも、好きな音楽が一緒だと言う親近感があり、いつの間にか仲間意識が生まれていたりもする。帰る頃には誰彼構わず感想を話し合い、共感が生まれる。それが心地いい。

「そうだ」と思いついた。
 ソラをここに招待しようと考えついたのだ。あの時のライブは来てみたものの楽しみ方が分からないと言っていた。万が一、自分がエンフェクに加入することになっても、ソラ一人ではきっと来ないだろう。ならば、その前にライブハウスに馴染んでもらおうと閃いた。
 オーナーもソラが相手じゃ鼻の下を伸ばして喜ぶに決まっている。どうも俺とオーナーは好みのタイプが似ている。釈然としないが。

 直ぐにでもソラに連絡を取りたかったが、さっきの自分の着信履歴を思い出し、後日改めてしようと思い直してスマホをデニムのポケットにしまった。