それからというもの、獅月を避けるも何も、本人に近寄ることさえ出来ないまま夏休みを迎えてしまった。
 気まずさはなかったものの、申し訳なさは大いに感じる。終業式が終わると、獅月は女子たちから逃げるように帰ってしまい、残念がるクラスメイトたちと同じくらい肩を落とした。

「そんなに後悔するなら、話かければいいのに」なんてエリちゃんは言うが、またあの客の話を聞かされたら……というのが先に来てしまい、どうしても距離を置いてしまう。
 せっかく俺たちのバンドを褒めてくれているその客をトラウマに思うくらい、聞きたくない名前になってしまった。

 エリちゃんは俺を気遣いながらも「デートだから」と言って、呆気なく帰ってしまうし、おとなしく家に帰って曲でも作るか、動画編集するか……勉強……は、響平と伊織に頼るしかない。
 俺が避けていると獅月は直ぐに察したらしく、連絡は一切届かないでいる。それが余計に近付けない理由にもなっていた。

 結局、俺はどうしたいのだろうか。
 こうして逃げているが、獅月への恋を諦めるつもりはないし、ボーカルもやって欲しい。
 かといって、俺のためにゲイになってくれなんて口が裂けても言えない。
 少し前までは隣にいるのが当たり前だったから、今は何か物足りない。美味しいけど、何かが足りない料理を食べているみたいな毎日を過ごしている。
 それは極上の料理を先に味わってしまったからだ。

 獅月といる時間が楽しすぎて、他の人といても楽しみきれない。自分の心の持ちようなのも自覚しているが、避けるほどに獅月が頭から離れないのだ。

 寂しい、苦しい、辛い、そんな時でも波に乗り始めた音楽活動も受験勉強も続けなくてはならない。
 響平と伊織に連絡を取る。
「動画撮ろう。JAMってるやつ」
『いいね、息抜きになりそう』
『冬哉ん家行く?』
 二人は二つ返事で了承してくれた。その流れでバスに乗り、三人で帰宅する。

「相変わらず締まりのねぇ顔」
 響平が俺を弄るのも恒例になっている。俺は気を抜けば直ぐにボゥっとしているようだ。言われるまで気付かなかったが。
「結局話せないままだったんだって?」
「何で知ってるの?」
「昇降口でエリちゃんに会ったんだよ。そしたら、冬哉をよろしくねって」
 伊織が少し鼻にかかったエリちゃんの声色を真似して言った。

「そっか……それで二人、来てくれたんだね」
「別にそれがなくても来てたけどな」
 響平は早速ドラムの前に腰を下ろし、足でバスドラを鳴らす。促されるように、伊織が持参したベースにアンプを繋げる。

「ほら冬哉、カメラのセッティングしてよ」
「あ、うん」
 三脚にカメラを取り付け、録画ボタンを押す。
 定位置に立つと、心のままに演奏を始めた。
 一人なら暗いバラードになっただろうが、二人のおかげで、何とか配信できるレベルの演奏になった。

「やっぱ楽しいな」
「夏休み、一回くらいライブやろうよ。インストでいいじゃん」
 伊織が提案してくれ、響平もそれに乗る。
「冬哉、獅月が気まずいなら、バイト入ってない日をオーナーから聞き出しておくよ」
「ありがとう。それじゃあ頼むわ」

 練習時間もそんなに取れないし、誰かの演奏の後に少しだけ入れてもらえないか聞いておくと、続けて伊織が言った。

 歌う獅月が脳裏を過るが、今誘われても迷惑でしかないと思い直し気持を抑え込む。
 今頃、あの客と一緒だろうか……。
 考えないようにと意識しても、次の瞬間には獅月の名前を頭の中で読んでいる。
 自分でも呆れるほどの恋情を抱えてしまったものだ。