「おはよう……って!! どうしたの? その顔」
「エリちゃん、おはよ。やっぱ、酷い?」
「瞼腫れ上がってるし充血すごいし、何かあったの?」
「う……思い出しただけで泣きそう」
「えぇ、何? 私でよければ話聞くよ?」
 翌日、真っ赤に腫らした目で登校する。朝から家族全員に突っ込まれたが、空元気で何も話さなかった。家族は俺のセクシャリティーを知らない。理解がない感じではないが、いざ自分の家族が同性愛者だと知って、どんな印象に変わるのか、反応が怖いから話そうと思ったこともない。

 そういえば、エリちゃんは他校の女子と付き合っていたことを思い出す。普段から獅月にベッタリな俺ではあるが、本気で恋心を抱いていると彼女は知らない。
 本当の気持ちを打ち明けるのは勇気が要る。でも、エリちゃんなら受け入れてもらえるかもしれないと思った。

「エリちゃん、誰にも聞かれたくないから二人きりになれる?」
「そりゃ良いけど……」
 エリちゃんは俺の顔を覗き込んで「大丈夫?」と聞く。掠れた声で自嘲すると、頭を振って大丈夫じゃないことを告げた。

 二人で教室へ向かう途中の理科の準備室へと入る。ここなら早々誰も来ない。
「で? 何があったわけ?」
 エリちゃんがステンレスの棚に凭れ、腕を組む。俺は対面して反対側の棚に背を預けた。

「あのさ、聞きたいんだけどエリちゃんって女の子同士で付き合ってるじゃん?」
「まぁ、そうだけど」
「それって、周りの人は知ってるの?」
「全員じゃないけど、お互いの仲良い友達には紹介しあってるよ。それがどうかしたの?」
「俺さ、獅月の事、本気で好きなんだよね。恋愛の意味で」
「うん、そうだろうね」
 エリちゃんは当たり前のように頷いた。

「え? 気付いてたの?」
「だって、冬哉分かりやすいから。他の子は知らないと思うよ。むしろ私だから気付いたってだけかも。周りの子が冬哉のことを話してても、そんな話題にはならないし」
「あの……いつから知ってたの?」
「そんなこと言われてもハッキリ覚えてないよ。二年の頃ってことだけ覚えてる」
「そんなに早く??」

 俺がこれ以上ないくらいに驚いたにも関わらず、エリちゃんはまたもや当たり前に頷く。

「だから、冬哉は分かりやすいって言ってるじゃん。獅月の隣は誰にも渡したくないって顔にも態度にも出てるし」
「でもそれ……本人は全く気付いてない……よね?」
「でしょうね」
「うっ……」
 エリちゃんは何もかもお見通しだ。しかもこれだけでは終わらなかった。勘の鋭さはこの後も発揮される。

「それで、その獅月に失恋でもしたの? でも、冬哉のことだから告白してないんでしょ?」
「ねぇぇぇ、なんで全部分かるの? 怖いんだけど」
「もうこの話の流れで全てを暴露してるみたいなもんだよ。でも獅月って特定の彼女とか作らないと思ってたけど、そうじゃないんだ?」

 そこから獅月との会話を聞いてもらった。エリちゃんは昨日の獅月の様子を思い出し、大いに納得できると身を乗り出した。

「でもライブって何ヶ月も前の話でしょ? あの獅月がそんなに気にしてたんなら、冬哉はもっと早くから危機感を持ってなくちゃいけなかったんじゃないの?」
「だってさ、たった一回のライブだよ? 向こうは友達の演奏を聴きに来ただけの、それも、後にも先にもその一回だけ。そんな人と再会するなんて思わないじゃん」
「確かに……」
「で、昨日から獅月を避けちゃってて」
「気まずいと」
「……はい」

 エリちゃんはいつも通り接してあげなよと言ったが、この顔である。
 俺が真っ赤に腫れた目で教室に入ろうものなら、獅月は自分が原因だと流石に気付く気がする。
「とりあえず保健室行って、顔冷やさせて貰えば? 保冷剤、貸してくれるでしょ」
「そうする。先生に体調不良って言っといて」
「了解〜。元気出しなよ。獅月の様子はこっそりメッセージ送ってあげる」
「ありがとう、エリちゃん」

 やっぱり今の状況で獅月の顔は見れないと思った。俺は覚えていないその客を、獅月はずっと考えていたんだ。

 次に獅月と話した時は、「彼女ができた」と言われそうな気がする。
「嫌だな……」
 零れ落ちた言葉は、虚しく消えていった。