その後は二人からのスパルタ勉強会になったわけだが、余計なことを考えずに済んでむしろ良かったような気がする。何より、一人じゃなくて助かった。

 帰ってからは、ヘッドホンを着けて音楽に専念する。俺の家は音楽一家で、両親も音楽がキッカケで出会い結婚、二人の姉は音楽大学へ通っている。それぞれ違う音楽に携わっているものの、お互いにいい刺激になっていて、まさに音楽で繋がっている家族と言っても過言ではない。家の地下には防音の練習室があり、そこでは思い切りギターを弾ける。
 両親も姉も、俺がプロのバンドマンを目指しているのも応援してくれているし、とてもいい環境だと自負している。

 ただ、俺の描く未来には獅月が欠かせないというだけだ。勿論、彼女ができたとしても口説き続ければボーカルはやってくれそうな気もする。ただ、自分が思っていた以上に傷ついている。丸一日、獅月の顔すら見れなかった。こんなんで、メンバーになってくれたところで上手くいくわけがない。

 こんな時はいい音が鳴らない。余計にむしゃくしゃする。
「っくそ」
 ムキになったところで弦がバチんと弾けた。
「痛ってぇ!!」
 慌てて手を引っ込め大きくため息を吐き出すと、常備されている弦を張り替える。自分の心の持ちようだとは分かっていても、感情をコントロールするのは難しい。

 獅月への恋は一目惚れから始まった。最初はバンドも何も関係なかった。入学式で見かけたその姿があまりにも輝いていて、目が離せなかった。
 同い年とは思えない、大人びたオーラを纏ったその人と自分だけが、スローモーションで動いている錯覚さえ感じた。同じクラスになれた時は最高に嬉しかった。ひょんなことから聴いている音楽が似ていることが発覚し、瞬く間に意気投合した俺たちが親友になるまでに、そんなに時間はかからかった。

『親友になるまで』は……。
 その先には進めない。このまま避け続けていてれば、いつかは愛想尽かされるし、バンドへの加入をやめれば獅月が同じ大学に進む理由もなくなる。そうして気付けば疎遠になるのだ。
 顔も合わせなくなる生活が来るなんて、今はまだ実感が湧かないが卒業すれば嫌でも思い知らされるのだろう。
 それでも自分の気持ちを獅月に打ち明けることなど、許されない。俺自身が獅月への恋情を捨てられたら、話は変わるのだろうが……。

「はぁ、やめよ」
 考えすぎてネガティブになってしまう。こんな時は何をしても無駄だ。
 ギターを片付け、練習室の掃除をし、自室へと帰った。

 ベッドに寝転び、ぼんやりしていても、頭の中には獅月しかいない。どれだけ彼に惚れているのかを思い知らされる。もしも恋人になったら……なんて想像は、数え切れないくらいしてきた。
 もしあの客と付き合い始めたら、俺の想像したことを彼女にするのだろうか。

「あぁぁ!! ダメダメ!! 獅月の事考えるの終わり!!」
 自分に言い聞かせるように思考を遮断しようと、抱き枕に顔を埋める。
 明日から、どんな言い訳で逃げよう。もう、あの客の話を聞きたくない。祝福できる時が来るまで、何も言わないでほしい。
 
 ごめんね、好きだから、好きだけど、伝えないから、困らせたりしないから、その場所をこれからも俺にください。