獅月に好きな人ができる日が来るなんて、思いもよらない。モテ過ぎるだけに、女性に対して反射的に鬱陶しいという表情になる。テキトーに遊んでいるのは知っていたけど、black ASHでバイトを始めてからは仕事の楽しさに目覚めた様子であった。

 完全に油断していた。
 まさか、そこまであの時の客を忘れていないとも思ってなかったし、一人の人に執着する性格など、高校一年生の頃から見せたこともない。
 しかも向こうの女も一度見ただけの獅月を覚えているとか、脈ありあり寄りのありじゃないか。

 学校が終わると、獅月から話しかけられる前に教室を飛び出した。今の獅月にどんな顔をすればいいのか分からない。自分の気持ちは絶対に伝えないと決めている。それで獅月がバンドに加入してくれて、ずっと隣でいられるならその方が良いと、自分自身で決めた。だからもし獅月に彼女が出来ても、その時は祝福するって心構えをしていたハズだった。

 ———実際は、無理だった。
 完全に恋をしている獅月の顔。今までに一度も見たことがないような、デレデレに緊張感のない顔。俺には、向けたことのない感情。

 そりゃそうだ。獅月の恋愛対象は女なんだから。男ってだけで、俺に勝ち目はないことくらい分かってる。それでも……それでも、聞きたくなかった。

「んんん〜〜!!!! もうぅぅぅ!!!!」
「どうしたん? 勉強行き詰まってる感じ?」
「響平ちゃぁぁああああん!! 俺っちもうすぐ失恋するーーー!! ってか、もうしてる……」
 放課後集まったファミレスで、テーブルに平伏す俺に、後から来た響平と伊織に弄られる。
 受験生なのに、恋愛の話なんてしてる場合かとでも言いたげな表情を並んで見せた。

「え、もしかして獅月にボーカル断られたの?」
 とりあえず無碍にするわけにはいかないと、伊織が気を使って話を振ってくれた。
「……そのほうがまだマシだったかもしれない。そりゃさ、獅月はカッコいいし歌上手いし存在感もあるしなんか他とは違うオーラあるしカッコいいし才能あるしだから俺っちもボーカルやってほしいわけだしカッコいいから色んな人から注目されて当然なんだけどさ」
「カッコいい良い過ぎじゃね?」
「ってか、今どこで息継ぎしてたん?」

 二人は俺の話を半分くらい聞き流しながら、タッチパネルで注文している。俺がこんなにも嘆いているのに、所詮は他人事なんだ。

「……こんなんじゃ受験勉強なんてしても頭に入らない」
「それは通常運転じゃねぇか」
「響ーー平ーーーー!!」
「はいはい、後で聞いてあげるから。今投げ出すと後で後悔するよぉ」
「伊織まで俺っちに冷たい」
「そんな事ないって。もしかして獅月に彼女でもできたの?」
「はぁぁっっ!!」
「え、確信ついちゃった感じ?」
「……まだ付き合ってはいないけど、多分、時間の問題」
「マジ? 獅月って特定の彼女は作らないんかと思ってた」
「俺っちだって思ってたよ!!!!!!」

 再びテーブルに平伏し泣き喚く。
 しかも朝イチでその話を聞かされ、惚気ている様子を見せつけられ、恋してる自分を認める獅月を目の当たりにしてしまった。本命の彼女にはきっと甘々溺愛彼氏になるのだろう。
 
 俺の恋愛対象が男だと知っている二人がいてくれて良かった。最初は配信を見て声をかけてくれた二人だが、今ではかけがえのない友人だ。今日この二人がいなければ、俺は今頃身投げしていたに違いない。

 俺の口から獅月の恋愛を話すのもどうかとも思うが、その前にもう生徒の間では「いつもの獅月と違う」なんて囁かれていた。どの道、彼女ができればすぐに噂は広がるんだ。

「獅月ぃぃぃぃ!!! しゅきぃぃぃ!!!」
「はいはい、まだ付き合ってないなら頑張りなよ」
 隣に座った伊織に抱きつき慰めてもらう。優しい伊織は泣き止むまで頭を撫でてくれた。
「もういっそ、言ってスッキリすればいいんじゃね?」
「そんな簡単に言わないでよ。同じクラスだし、black ASH行ってもいるし、それこそ完全にボーカルも断られるの確定案件。ダブル失恋なんてすれば、ガチで立ち直れないよ」
「拗らせてんねぇ」
 響平が肩を竦めて失笑した。