夏休みはほとんどバイトで終わった。合間でテキトーに遊び、冬哉たちの受験勉強にも付き合った。三人共、外語大に進むと言ってた。響平と伊織は元々英語が得意だと言っていたが、冬哉は頑張らないければまだB判定にも届いてないようだ。

「獅月は頑張って勉強しなくても、いっつも好成績なの、ズルいよ!!」
「テスト勉もしてるよ、一応」
「一応って何だよ!! 俺っちはこんなに頑張ってるのに!!」

 将来的に、海外進出も視野に入れての選択だと言う。動画も英語字幕をつける方が、断然再生回数が増えると響平が言った。

「音楽だけの配信ならそのまま流すんだけど、トーク中心の時とかは、英語字幕は付けるんだ」
「へぇ。色々拘ってんね」
「ねぇ、獅月も一緒に外語大行こうよ〜」
 一番落ちる可能性の高い冬哉が声をかけると、響平が隣から一喝した。
「獅月が今から勉強すれば合格の可能性が高いけど、冬哉は死に物狂いでやんねーとヤバいぞ?」
「響平が……意地悪言ったぁぁああ!!」
 半泣きで俺にしがみついてくる。
「ほら、泣いてないで早く勉強しろよ」と慰めると、冬哉は渋々勉強を再開した。

 このまま、きっと平穏に夏が終わるだろう。俺たちは人生の第一の岐路に立っていて、少なからず自分の将来を考える時間が増えている。

 バンド活動も減っていることから、あのライブ以来、冬哉からの誘いも随分減っていた。もっとも、今は冬哉自信が受験勉強で精一杯だから……というのが大きいだろうが。
 それでも三人で練習をしたり、新曲を作ったり……と活動自体をやめているわけではない。
 受験が終わるまでライブは自粛しているが、配信だけは続けている。対バンの申し込みは、ひっきりなしに届いているらしいが、受験が終わるまでは……と断り続けているのだそうだ。

 それでも勉強の合間を縫ってそれぞれバイトをして活動費を稼ぎ、動画作りと編集までもをこなしている。

「受験終わったらさ、一回ワンマンやりたいよね」
「blackASHならさせてもらえそうじゃない?」
「その代わり、チケット売るのは大変だぞ?」
「まぁ、そのリスクを背負ってもやる価値はあるよな。成功すれば、強みにもなるし」
「ね? 獅月?」
「———俺?」

 話の流れで、ほとんど俺の加入は決定していそうだった。

「本当に、俺でいいの?」
 自分の中で、まだ答えは出ていなかったが、次に誘われたら、きっと自分は断りきれず承諾してしまうだろうとは思っていた。
「答えは今すぐとは言わない。でも、もう一回ライブ出てよ。その後で最終的な結論を伝えてくれればいい」
 いつもはおちゃらけている冬哉がこう言う時にふと見せる真剣な顔には、ぐっと掴まれるものがある。
 それが、断りきれない要因にもなっているのかもしれない。
「———分かった」

 これでもう一度、ライブ参加が確約された。上手く丸め込まれたとも思ったが、自分としても気持ちが揺れているのは確かだから、それが得策だと思う。なので素直に冬哉たちに流されることにした。

 家に帰る前にいつものコンビニに寄る。
 この頃では“あの人”のことも考えないようにしていた。どうせ向こうがライブハウスに来ない限りは再会も果たせない。
 それともどこかで偶然出会うとか? そんな上手い話があるわけない……なんて思っていたのは、ついさっきまでで終わった。

「あの、こんにちは」
「いらっしゃいませ」
 笑顔で迎え入れてくれた新しいコンビニのスタッフ。それは紛れもない“あの人”だった。
 一目で分かった。ステージの上から吸い込まれるように見ていた“あの人”。
 彼女は記憶の中よりも、柔かい印象であったが、それはきっとあの時見られなかった、この笑顔のせいだろう。
 思わず凝視してしまうと、彼女はきょとんとした表情で俺を見上げた。