まさかオーナーからバンドに入れなんて言われるとは、意外な感じがした。音楽が好きとは言え、詳しい訳でもなく、どちらかと言えばライブの熱っぽい空気の中に紛れているのが好きだと、自分では思っていた。
確かに冬哉たちの演奏に合わせて歌うのは楽しかった。今でもあの興奮が忘れられない程に。
しかし、それとエンフェクの音楽活動に自分が加担するのを繋げていいものなのかどうか、どうも戸惑ってしまう。
歓迎してくれているからと言って、簡単に承諾するべきではない。やるなら本気でやりたい。
自分にそんな責任感があるのか?
長く活動を続けてきた彼らの船に乗り掛かっている。いや、正直な気持ちを言うと、カナリ気持ちは揺らいでいる。
ただ今は、その決定打になるものを探したい。
何に対しても適当にこなしてきた俺が、親友と思っている冬哉のバンドの未来がかかっている活動のセンターに立つ。
慎重に考えなければ、自分が冬哉や響平、そして伊織の将来を台無しにする可能性があることを忘れてはいけない。
いっそ自分のことならば、もっと思いつきで行動できたのかもしれないが、大切な友達だからこそここまで慎重になっているのは許してほしい。
「まぁ、でもさ。サポートだけでも入ってあげなよ」
「っス」
また今夜のライブが終わった後、オーナーに話を聞いてもらおうと思いながら、準備に入った。
今日のライブでは、獅月が歌った時に対バンでライブをしたバンドがいる。
『もしかして……』
なんて期待をしていたが、やはり“あの子”は現れなかった。
もう一つのバンドの知り合いだったのかもしれないと落胆した。
これが恋心なのかどうかも分からないから、もう一度会いたい。その人を見た時、自分がどう感じるのか、胸が高鳴るのか、それとも……記憶が作り出した、ただの理想像なのか。
これだけの人の中で、あの人だけが忘れられないなんて経験は初めてだ。それが期待値を上げる大きな要因にもなっている。
実際会ってみて、やっぱり思い違いだった……。なんて言うのも失礼だとは思うが、そうならない自信をなぜか捨てきれない。
昔から直感の冴えている質だった。
それとも、運命なんて言葉に、知らぬうちに憧れていたのかもしれない。
ライブの爆音が響いている間は、余計なことを考えずに済む。俺は一息仕事とライブに集中した。
明け方まで開催されたライブが終わると、疲れた体に鞭を打って片づけに取り掛かる。
「最低限片付いたら、一旦帰るぞ」
オーナーから指示が飛んだ。今日の夕方からの営業は休みだ。
なので続きの片付けは、夕方からやると言って、オーナーはまた事務所のソファーに沈むように寝入った。
ライブハウスを出ると、眩しい朝日を避けるようにキャップを目深に被り、自転車に跨る。
「獅月くん……」
出発しようとしたところで、あの女に声を掛けられた。やっぱり相手にするんじゃなかったと、今更後悔しても遅い。
「何?」
自転車を停めて、一応話を聞く体勢をとる。
「何? っていうか……私たちって、付き合ってるんだよね?」
「は?」
一緒に写真を撮っただけで、何故そういう展開になるのか、理解できない。あの時の会話にそんな類の言葉は微塵にも含まれていなかった。
言いたい言葉は次々と溢れてくるが、それを全て飲み込むと「ごめん」と一言謝った。
T高校のその女は人目も憚らず声を上げて泣き始めた。何ともわざとらしい……なんて思うが、これ以上拗らせるわけにもいかない。
ライブの後の興奮状態で、適当に応えるもんじゃないと、心底反省した。
「期待させちゃって、本当にごめん。ただ、今は誰とも付き合う気持ちになれなくて」
こう言うので精一杯だ。これ以上の優しい言葉は思い浮かびもしないし、これ以上喋ると、今日は酷い言葉で傷つけてしまうかもしれない。
以前と今日の自分の状態が違いすぎる。今は一刻も早く家に帰って寝たい。
自分がクズだと言われても仕方ないと自覚した。女の気持ちより、自分の睡眠欲の方が大切なのだ。
目を擦りながら、もう一度「ごめん」と謝った。
女は納得いかない様子ではあったが、俺から謝られると、それ以上責めることはできなかった。
『遊びでもいいから』なんて言われればどうしようとも一瞬考えたが、意外なほどにすんなりと帰ってくれた。
「はぁ……マジでしばらく遊ぶのやめよ」
大いに溜め息を零すと、今度こそ家路についた。
確かに冬哉たちの演奏に合わせて歌うのは楽しかった。今でもあの興奮が忘れられない程に。
しかし、それとエンフェクの音楽活動に自分が加担するのを繋げていいものなのかどうか、どうも戸惑ってしまう。
歓迎してくれているからと言って、簡単に承諾するべきではない。やるなら本気でやりたい。
自分にそんな責任感があるのか?
長く活動を続けてきた彼らの船に乗り掛かっている。いや、正直な気持ちを言うと、カナリ気持ちは揺らいでいる。
ただ今は、その決定打になるものを探したい。
何に対しても適当にこなしてきた俺が、親友と思っている冬哉のバンドの未来がかかっている活動のセンターに立つ。
慎重に考えなければ、自分が冬哉や響平、そして伊織の将来を台無しにする可能性があることを忘れてはいけない。
いっそ自分のことならば、もっと思いつきで行動できたのかもしれないが、大切な友達だからこそここまで慎重になっているのは許してほしい。
「まぁ、でもさ。サポートだけでも入ってあげなよ」
「っス」
また今夜のライブが終わった後、オーナーに話を聞いてもらおうと思いながら、準備に入った。
今日のライブでは、獅月が歌った時に対バンでライブをしたバンドがいる。
『もしかして……』
なんて期待をしていたが、やはり“あの子”は現れなかった。
もう一つのバンドの知り合いだったのかもしれないと落胆した。
これが恋心なのかどうかも分からないから、もう一度会いたい。その人を見た時、自分がどう感じるのか、胸が高鳴るのか、それとも……記憶が作り出した、ただの理想像なのか。
これだけの人の中で、あの人だけが忘れられないなんて経験は初めてだ。それが期待値を上げる大きな要因にもなっている。
実際会ってみて、やっぱり思い違いだった……。なんて言うのも失礼だとは思うが、そうならない自信をなぜか捨てきれない。
昔から直感の冴えている質だった。
それとも、運命なんて言葉に、知らぬうちに憧れていたのかもしれない。
ライブの爆音が響いている間は、余計なことを考えずに済む。俺は一息仕事とライブに集中した。
明け方まで開催されたライブが終わると、疲れた体に鞭を打って片づけに取り掛かる。
「最低限片付いたら、一旦帰るぞ」
オーナーから指示が飛んだ。今日の夕方からの営業は休みだ。
なので続きの片付けは、夕方からやると言って、オーナーはまた事務所のソファーに沈むように寝入った。
ライブハウスを出ると、眩しい朝日を避けるようにキャップを目深に被り、自転車に跨る。
「獅月くん……」
出発しようとしたところで、あの女に声を掛けられた。やっぱり相手にするんじゃなかったと、今更後悔しても遅い。
「何?」
自転車を停めて、一応話を聞く体勢をとる。
「何? っていうか……私たちって、付き合ってるんだよね?」
「は?」
一緒に写真を撮っただけで、何故そういう展開になるのか、理解できない。あの時の会話にそんな類の言葉は微塵にも含まれていなかった。
言いたい言葉は次々と溢れてくるが、それを全て飲み込むと「ごめん」と一言謝った。
T高校のその女は人目も憚らず声を上げて泣き始めた。何ともわざとらしい……なんて思うが、これ以上拗らせるわけにもいかない。
ライブの後の興奮状態で、適当に応えるもんじゃないと、心底反省した。
「期待させちゃって、本当にごめん。ただ、今は誰とも付き合う気持ちになれなくて」
こう言うので精一杯だ。これ以上の優しい言葉は思い浮かびもしないし、これ以上喋ると、今日は酷い言葉で傷つけてしまうかもしれない。
以前と今日の自分の状態が違いすぎる。今は一刻も早く家に帰って寝たい。
自分がクズだと言われても仕方ないと自覚した。女の気持ちより、自分の睡眠欲の方が大切なのだ。
目を擦りながら、もう一度「ごめん」と謝った。
女は納得いかない様子ではあったが、俺から謝られると、それ以上責めることはできなかった。
『遊びでもいいから』なんて言われればどうしようとも一瞬考えたが、意外なほどにすんなりと帰ってくれた。
「はぁ……マジでしばらく遊ぶのやめよ」
大いに溜め息を零すと、今度こそ家路についた。