「昨日の今日でなんでそんな元気なんだよ?」
 離れようとしない冬哉を引き剥がす。
「獅月の方こそ、逆になんでそんな冷静でいられるんだよ!? 昨日のあの興奮をもう忘れたとは言わせねーぞ!!」
 冬哉も離れるもんかと、喰らいつく。
 こうなると冬哉は何がなんでも離れないし、俺が諦めてしがみつかれたまま過ごすと熟知している。冬哉を引き剥がすのを諦め、会話を続けた。
「忘れるわけないだろ。ところで、動画の編集は無事できたのか?」
 話を振ると、冬哉は自信満々だと言わんばかりにふんぞり返った。

「もう既に配信完了してるよん! 獅月、今の質問でまだ見ていませんってバレたぞ!」
「あぁ、ごめん。あのあと、オーナーと喋り込んでて」
「まさか朝までblackASHにいたとか?」
「まぁ。そんなとこ」

 面倒な女が来たとは言わないでおいた。どうせ女子が騒ぎ立てて、噂が広まる。
 噂の殆どはデマだが、別にそれでいい。俺が誰と付き合ってるだの、どこそこの女と遊んだだの。言わせたいように言わせておくのが、女子の逆鱗に触れない得策だと知っている。

「でさぁ、配信直後から獅月への問い合わせが殺到しちゃって!! 俺っちも寝不足〜」
「どうせ勢いに任せて、生配信とかしたんだろ?」
「当ったり〜! 俺、獅月のこと語りたくてウズウズしちゃって!! 『みんな、獅月の話を聞いてくれよ!』って気持ちになって、朝までライブと獅月の話を生配信でぶち撒けたってわけ」

 俺の腕に抱きついたまま、教室へと向かう。歩きにくいだろ? とは何度か声をかけるが、やめろとは言わない。そう言うと余計にしがみつくから。

 席に着くと、冬哉のスマホで昨日のライブ映像を顔を寄せて観た。

 冬哉のギター音は、何度だって俺を最高の気分にさせる。それはオーディエンスも然り。ドラムとベースの重低音が加わると、底から湧き上がるような地響きと熱狂が渦巻く。

「獅月の歌、入るよ」
 冬哉が一際顔を寄せた。『見逃すな』と言うように俺の脇をガッチリと固める。
 意識的に集中する。客観的に自分を見るのは慣れないせいか、気恥ずかしさを感じる。
 それでも昨日のライブをステージのど真ん中で感じたあの生々しい感触は、思い出しただけで鳥肌が立ちそうだった。

 気付けば夢中になりすぎて、冬哉と頬を密着させて画面に集中していた。
 このまま顔を合わせれば、キスしてしまう距離だ。

「あ、悪りぃ」
 我に返って顔を離すと、冬哉は照れたように「いいよ」と言った。

「冬哉ってたまに、女子よりかわいい時あるよな」
「えぇ? どういうことだよ、こんなイケメンに向かってかわいいなんて失礼だよ!」
「ははっ。そりゃそうか。ごめん」
「えへへ。まぁ、獅月になら何言われても許しちゃうけど〜」
「それって、また歌えっていう圧力にしか聞こえないんだけど」
「バレたか」

 冬哉はまた画面に見入った。
 スマホから流れる音に、俺も酔いしれた。あの感覚はクセになる。もう一度立てば、きっと離れられなくなる。今の所、それを避けたい理由はあるのだ。
 冬哉に期待させるような中途半端はいけないとは思いつつ、次に誘われれば、断り切れる自信は無い。
 
「おっはよーん。あのさ獅月、昨日T高の女子に手出したんでしょ?」
 エリが登校するなり、獅月と冬哉の元へと走り寄る。
 冬哉は目を丸くして言葉を飲み込んだ。
(知らない女に手出したのかよ!!)
 という冬哉の心の声が聞こえてきそうだ。
 口をパクパクしながらシャツを掴んでくる。

「あぁ……あいつ?」
「あいつ? じゃないでしょ。その子、朝からSNSでマウント取りまくって、すんごい噂になってるよ?」
「別に、噂なんて今日だけのことじゃないし。すぐにまた別の噂で消えるだろ」
「獅月はもっと怒っていいと思うけど、遊びも控えなよ〜」
 隣から冬哉が口を挟む。
「遊んでねぇよ。話が噛み合わなくて面倒だから、写真撮って納得してもらっただけ」
「———そんな風には回って無いけどね」
「———だろうな」

 ため息と共に、こうなる予想はしていた俺は「めんどくせ」と、心の声を漏らす。

 エリから「誤解を与えるような行動なとるな」と、はっきりと言われてしまった。冬哉はそれを隣で心配そうに目配せをする。
 俺は適当な返事を返しながら、顎を手に置いた。
 やはり目立つ行動は控えなければいけない。