二人を繋げるものの存在ができてから、愛華があの夢を見ることがなくなった。佳奈とは直接の血の繋がりが無いままでも、これから生まれてくる弟か妹が二人の架け橋となってくれる。遠回りな関係だとしても、ちゃんとどこかで繋がっているのだから、もう不安に思うことなんてない。二度と、よその子なんて言わせない。

 三月中旬の小学校の卒業式に合わせて大阪から戻って来た両親は、帰省に合わせた用事をこなすのに忙しそうだった。

「どこの病院も安定期に入ってすぐ予約しないと空きがないみたいなのよ……」
「少子化なのになぁ」
「今、出産できるところって少ないのよ。佳奈を産んだ病院も今は診察と検診だけで、出産も入院も受け付けてないみたいだし」

 近所の産院のリストを見ながら、夫婦で出産する病院を相談していた。今回の出産では柚月が高齢出産になる為に、病院選びは慎重だ。と言っても、特に持病もないから初産の妊婦よりもリスクは少ないとも言える。結局、駅二つ向こうの大きめの産院に決めたみたいだった。

「駅から徒歩10分てところだったかしら」
「お父さんが間に合わない時は、二人には代わりに駆け付けて貰わないといけないからね」

 産院で貰ってきたパンフレットを娘達に見せて、頼んだよと念を押してくる。急に出産が早まった場合、大阪にいる修司には何ともできない。頼みの綱はこっちにいる娘二人だけだ。
 見た目には分からない柚月のお腹には、二人にとって弟か妹になる命が宿っている。まだ実感は湧かないが、夏に会えるのがとても楽しみだ。

 翌日の朝、本日の主役はいつもと全く同じ時間に家を出ていった。ほぼ空に近いランドセルを背負い、今日で最後になる制服を着て。

「ハァ……もう卒業なのね。面接の時のあの緊張感は、今だに夢に出てくるのよ」

 小学校を受験した時の親子面接のことを思い出し、柚月は感慨深げに話す。佳奈本人は幼過ぎて覚えていないらしいが、親とは離れて別室で行われた生活考査を待つ時間は生きた心地がしなかったのだという。

「途中で誰かが泣き出したのよ。釣られて佳奈まで泣いてしまわないかと、不安だったわ」

 人見知りが激しい佳奈が、よく無事に面接と考査をこなせたものだ。中学の面接の練習のことを思い浮かべて、愛華も母の言葉に大きく納得する。

「私、今日は絶対に泣くわよ。妊娠して涙腺が弱くなってるもの」

 そう言って揃って出掛けて行った両親を、愛華は玄関先まで見送った。黒のスーツに身を包み、仕事モードよりも色味を抑えたメイクの柚月。その隣では、佳奈の父として公の場に赴くのが今回が初めてになる修司が、少しだけ表情を強張らせていた。

 昼前に揃って帰って来た三人を、愛華はクルミと一緒に出迎えた。涙脆くなっていると言っていたはずの柚月も、六年間通った学校とお別れしてきたばかりの佳奈も、どちらもとても清々しい表情をしている。卒業したと言っても同じ附属の生徒であることには変わりなく、ほぼ同じメンバーでそのまま校舎を移るだけのようなものだから。

「……なんで、お父さんが泣いてるの?」

 この場で一番、涙とは縁遠いはずの修司が、泣き腫らした目で照れ笑いしていた。一緒に住んだ期間も短く、佳奈に対しては父親としての自覚なんてまだ無さそうなのに……。

「いや、愛華の時のことを思い出してね。式の途中から、佳奈ちゃんのなのに愛華のだと錯覚しちゃったっていうか……」
「合流した時、ビックリしちゃった」
「佳奈ちゃん、なんかごめん……」

 最後のホームルームが終わって保護者達が教室へ入って来た時、修司の姿にクラス中がざわついた。誰のお父さん? と振り返ってみると、呆れ顔の母の隣でハンカチを握りしめて目元を抑えている父親がいた。

「別に私の時も、そんな風にはなってなかったよね?」
「歳のせいか、涙腺が弱くなってるのかもしれないなぁ」

 情けないなぁと照れている修司に、三人は呆れながら笑う。今日くらいは好きに泣いても許される。それがたとえ、主役を履き違えていたとしても。

 そうだ、と佳奈は背負っていたランドセルを床へ下ろすと、中から二つ折りのカードを取り出した。それを愛華の元へ持ってきて差し出すと、はにかみながら伝える。

「愛華お姉ちゃん、いつもありがとう」

 切り紙の花で飾られたカードを開いてみると、佳奈の字で姉への感謝のメッセージが綴られていた。卒業制作の一環で、家族への贈り物として用意したのだという。それには丁寧な字でこう書かれていた。

 ――優しい愛華お姉ちゃんへ。いつもそばで支えてくれて、ありがとう。佳奈より

「他の子達はお父さんとお母さんとで二枚用意してたみたいなんだけど、佳奈は愛華ちゃんに渡したいからって、私と修司さんのことは一纏めにしちゃったらしいの」

 そう言って柚月がバッグから取り出して見せてくれたカードには、『お父さん&お母さんへ』と両親はセット扱いされていた。その理由を聞いた時にもまた、修司が教室の隅で泣き始めたのは言うまでもない。

 瞳を潤ませながら、愛華は妹に向かって伝えた。今日この日が来たことを、心から喜びながら。

「佳奈ちゃん、卒業おめでとう」
「ありがとう!」

 ―本編完結―

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