入試が終わった後の六年生は、他学年との交流会などの楽しいイベントが続いているらしく、佳奈は少しずつだけれども、学校であったことを話してくれるようになった。
 二月のその日も夕ご飯の準備を手伝ってくれながら、嬉しそうに喋っていた。

「放送委員が企画した、卒業生へのインタビューってコーナーに出たの」
「給食の時間の校内放送で?」
「うん。私、体育委員長だから」

 来春から委員会活動が始まる四年生へ向けて、委員の紹介も兼ねて放送室に呼んで貰ったらしい。前もって質問内容は聞いていて、用意してきた答えを読み上げるだけだったが、ちょっとだけ緊張しちゃったと笑う。
 アナウンサーは勿論だけど、機材を操作するミキサー役も全て生徒が担っていて、毎日聞いていた放送が顧問教諭抜きで、子供だけで運営されていたことを初めて知って驚いていた。

「放送委員もやってみたかったなぁ……給食は放送室で食べるんだよ」

 放送の隙を見て、合間に慌てて食べる給食がとても楽しかったのだという。教室以外で食べるなんて初めての経験だった。五年生の時に委員長を継いでしまったばかりに、学年が変わっても体育委員以外を選べなかった。次は図書委員か放送委員をやるつもりでいたのに、と残念がっている。

「委員会は中学でもあるんじゃないの? あ、そう言えば私、高2の時に図書委員だった。委員は高校でもあるよね」
「うん、中学では違う委員に入る」

 出来上がったばかりのオムライスに、ケチャップでハートマークを描いてあげると、ふふっと小さく笑い声を漏らしている。
 その赤いハートマークで思い出したのか、佳奈が「あ、」と短く声を上げた。

「来週、友達の家で友チョコ作ることになってるんだった」
「友チョコ? バレンタインの?」

 聞き返しながらダイニングテーブルに着くと、佳奈はこくんと頷き返した。言われてみれば、バイト先でも随分前からバレンタインコーナーが作られていた。店長の気合いの入ったディスプレイは、ちょっとばかりゴテゴテしていて逆に商品が埋もれがちだ。

「お菓子作りが得意なお母さんがいる子がいて、みんなに教えてくれるんだって」
「へー、いいね」

 遊びに行くと必ず手作りのお菓子が出てくるような家は、愛華の友達でもいた。早くに母親を亡くした愛華には、そういうのが羨ましくて仕方なかった。家にも製菓用の型や道具は一通り揃っているから、亡き母もお菓子作りする人だったのかもしれないが、まだ幼かったから全く記憶にない。

 バレンタインデー当日は塾がある日だったので、その前の日に佳奈は約束していた友達の家へと出掛けていった。各自が材料を分担して持ち寄る家庭科の授業方式らしく、愛華が準備しておいた板チョコとコーンフレークを持って出て行った。

 ――材料からして、チョコクランチを作るのかな?

 溶かしたチョコレートにコーンフレークを混ぜるだけで作れる、小学生向きのレシピ。佳奈は何を作るのか分からないと言っていたが、さすがにバレバレだ。

 夕方に帰宅した後、佳奈は作ったものは翌日の塾で配るんだと、持って帰ってきた紙袋ごと二階の部屋にしまい込んでいた。
 だから、バレンタインデー当日の朝に、ダイニングテーブルの愛華の席にちょこんと置かれていたプレゼントを見つけた時、中を覗き込むまでそれが何かを察することができなかった。

「え……?」

 お姉ちゃんへと書かれた可愛い紙袋に入ったそれには、透明フィルムにリボンでラッピングされたチョコクランチと、オレオマフィンが一袋ずつ入っていた。クランチの存在に、ハッとすぐに気付く。昨日、友達と一緒に作ったっていう友チョコだ。

 学校へ行く前に、そっと愛華の分を置いていってくれた妹に、なぜか目頭がじんと熱くなる。今まで貰ったチョコの中で一番嬉しかったと言っても嘘じゃない。

 ――血が繋がっていなくたって、考えてることは一緒だったね。

 夕方、塾から帰宅した佳奈と、いつも通りに夜ご飯を食べた後、愛華はおもむろに冷蔵庫へと向かった。

「佳奈ちゃん、朝はチョコをありがとうね。実はね、私も用意してたんだ」

 そう言って、ホールケーキの入った箱を庫内から取り出す。二週間前から今日の為に隣駅前にあるケーキ屋に予約を入れておいた。

「前に話してたでしょ、私の一番お気に入りのケーキ」
「ザッハトルテ?」

 箱の中から出てきた、艶やかなチョコレートコーティングが施されたホールケーキには、同じくチョコで作られた薔薇の花が飾られている。甘い物好きには堪らないその見た目と甘い香りに、佳奈はホワァっと感嘆の溜め息を吐いた。

「約束したでしょ、今度一緒に食べようって」
「うん、ずっと食べたかった!」

 愛華がこのケーキと対面するのはあの日以来だ。父が大学合格祝いにと買ってきてくれた時。そして、食べ終わった後に父から再婚するという話を聞かされた。あれから丁度一年。まさか今年は妹と食べることになるなんて、あの頃の愛華には想像もつかなかったはずだ。