エスカレーター式で例年通りの全員合格が約束されているような受験でさえ、まだ12歳の六年生には大きなプレッシャーを与える。外部受験生と全く同じ条件の筆記と面接は、よっぽどのことが無ければ不合格にはならないと頭では分かっていても、赤本に記載されている合格平均点と自分の点数を比べてしまう。
「こないだ塾でやった理科の過去問、半分しか解けなかったから……先生が四教科全部8割は取らないとダメって」
「理科が苦手?」
「月と天体だけ。他はそうでもない。けど、こないだのは月と天体が出てきたから点数取れなかった」
話を聞く限り、佳奈の胃痛の原因はこれだ。直近の模試の結果を見せて貰っても、偏差値は問題ないし、他の教科は点数がよく取れてる方だと思う。だから、トータルで考えれば理科で苦手項目が出てきても合格平均点はクリアしている、はずなのだが……。
「点数取れなくても合格できるなんて、卑怯だって言ってくる子がいるから」
「それは同じ中学を受ける子?」
言われた時のことを思い出したのか、悔しそうに頷く。塾の受験クラスにいる男子から、内部生はズルいと批難されるのだと言う。
「んー、それは……」
何だろう、あまりに単純すぎる小学生理論に、呆れて物が言えない。佳奈達はさらに幼い年長の時に受験を経験して今の小学校に通っているのに、何を言っているのやらという感じだ。勿論、中学の授業についていけなさそうな子もいて、そういう子は冬休み前の個人面談で肩たたきされ、内部進学を学校側から拒否される。不合格になる以前に、そもそも受けさせては貰えない。全員が全員、無条件にエスカレーターに乗れる訳ではないのだ。
でも、言われた佳奈は言葉通りに受け取って、落ち込んでしまっている。
「あと、面接の練習もあまり上手くできなくて笑われちゃう」
「面接かぁ……」
佳奈が塾用のリュックから取り出した薄い冊子を受け取って、愛華はそのページをパラパラと捲る。通っている塾が独自に作成した面接対策本は、過去の受験生からの聞き取りやアンケートを元に各学校の面接形式を解説していた。ここ数年間で実際に使われた質疑は一般的なものばかりで、特に返答に困るような質問は無さそうだ。
礼や着席するタイミングなどのマナー的なことは塾から指導してもらっているようなので、数をこなしていくうちに身につくはず。きっと、佳奈は応答の方に苦手意識をもってしまっているのだろう。
「分かった。一緒に練習しよ」
「え、今から?」
「そ。よく聞かれそうな質問にはあらかじめ答えを用意しておけばいいの。違う質問が来ても、質疑応答の癖がついてたら何とかなるだろうし。練習だから、ゆっくり考えながらでいいからね」
じゃあいくよ、と愛華が対策本の中からいくつか取り上げていく。佳奈は背筋を伸ばしてソファーに座り直し、緊張した面持ちで答え始める。
「あなたが中学に入った後にやりたいと思っていることを教えて下さい?」
「えっと……バスケ部に入って、練習を頑張りたいです」
「バスケ部? 佳奈ちゃん、バスケ好きなんだ?! ――あ、えっと、どうしてバスケ部に入ろうと思うんですか?」
運動部のイメージが無かったから、妹の答えに愛華は素で聞き返してしまいそうになる。慌てて質問に切り替えて、佳奈の返答を待つ。首を傾げながら少し考えてから、ゆっくりと言葉を選んで答えてくる。
「2年生からずっとミニバスのクラブに入っていたけど、家を引っ越して通えなくなって辞めてしまったので、またバスケをやりたいと思っているからです」
親の再婚で塾以外の習い事は通い続けられなくて辞めたという話は聞いたことがあった。その内の一つがミニバスだったのは今初めて知った。
そうなんだ、と感心しながら、愛華は次の質問へと移る。
「小学校生活で頑張ったことを教えて下さい」
この質問は過去にも何度か出て来ているようで、対策本にも星マーク付きで紹介されていた。
「え、頑張ったこと……頑張ったこと……」
天井を仰ぎ見たり、首を捻ったりと、佳奈は難しい顔をして考えている。その間に愛華は対策本の最初にあった、自己分析が記入できるページを見ていた。自分の長所や短所を記載できるようになっていたが、短所の項目は枠いっぱいに沢山のことが書いてあるのに、長所のところには『あまり忘れ物をしない』としか書かれていない。
――自己分析が苦手なんだね、きっと。
「体育委員長、頑張ってたと思うけどなー」
運動会での選手宣誓は、練習の成果がとてもよく出ていたと思う。佳奈もそれは自覚があったのか、「あ、」と閃いたような表情に変わる。
「体育委員長として、選手宣誓と運動会の運営を頑張りました」
「そうだね。あと、ここの長所のところがガラガラなんだけど……」
「自分のことは悪いところしか思いつかない」
愛華だってそうだが、自分の欠点はいくつも挙げられるけど、その反対はナルシストでも無ければなかなか難しい。でもそれは、自分自身のことだからだ。
愛華は佳奈から鉛筆を借りると、長所の項目に思いつくことを記入していく。
「私は最近の佳奈ちゃんしか知らないけどね、それでもこれくらいは思いつくよ」
――時間に正確。動物に優しい。我慢強い。ヘアアレンジが得意。素直。真面目。家族思い。
愛華が記入していくその言葉を、佳奈は照れ笑いを浮かべながら見ていた。自分には分からない自分の魅力。それは周りに言われて初めて気付くことが多いのかもしれない。
「こないだ塾でやった理科の過去問、半分しか解けなかったから……先生が四教科全部8割は取らないとダメって」
「理科が苦手?」
「月と天体だけ。他はそうでもない。けど、こないだのは月と天体が出てきたから点数取れなかった」
話を聞く限り、佳奈の胃痛の原因はこれだ。直近の模試の結果を見せて貰っても、偏差値は問題ないし、他の教科は点数がよく取れてる方だと思う。だから、トータルで考えれば理科で苦手項目が出てきても合格平均点はクリアしている、はずなのだが……。
「点数取れなくても合格できるなんて、卑怯だって言ってくる子がいるから」
「それは同じ中学を受ける子?」
言われた時のことを思い出したのか、悔しそうに頷く。塾の受験クラスにいる男子から、内部生はズルいと批難されるのだと言う。
「んー、それは……」
何だろう、あまりに単純すぎる小学生理論に、呆れて物が言えない。佳奈達はさらに幼い年長の時に受験を経験して今の小学校に通っているのに、何を言っているのやらという感じだ。勿論、中学の授業についていけなさそうな子もいて、そういう子は冬休み前の個人面談で肩たたきされ、内部進学を学校側から拒否される。不合格になる以前に、そもそも受けさせては貰えない。全員が全員、無条件にエスカレーターに乗れる訳ではないのだ。
でも、言われた佳奈は言葉通りに受け取って、落ち込んでしまっている。
「あと、面接の練習もあまり上手くできなくて笑われちゃう」
「面接かぁ……」
佳奈が塾用のリュックから取り出した薄い冊子を受け取って、愛華はそのページをパラパラと捲る。通っている塾が独自に作成した面接対策本は、過去の受験生からの聞き取りやアンケートを元に各学校の面接形式を解説していた。ここ数年間で実際に使われた質疑は一般的なものばかりで、特に返答に困るような質問は無さそうだ。
礼や着席するタイミングなどのマナー的なことは塾から指導してもらっているようなので、数をこなしていくうちに身につくはず。きっと、佳奈は応答の方に苦手意識をもってしまっているのだろう。
「分かった。一緒に練習しよ」
「え、今から?」
「そ。よく聞かれそうな質問にはあらかじめ答えを用意しておけばいいの。違う質問が来ても、質疑応答の癖がついてたら何とかなるだろうし。練習だから、ゆっくり考えながらでいいからね」
じゃあいくよ、と愛華が対策本の中からいくつか取り上げていく。佳奈は背筋を伸ばしてソファーに座り直し、緊張した面持ちで答え始める。
「あなたが中学に入った後にやりたいと思っていることを教えて下さい?」
「えっと……バスケ部に入って、練習を頑張りたいです」
「バスケ部? 佳奈ちゃん、バスケ好きなんだ?! ――あ、えっと、どうしてバスケ部に入ろうと思うんですか?」
運動部のイメージが無かったから、妹の答えに愛華は素で聞き返してしまいそうになる。慌てて質問に切り替えて、佳奈の返答を待つ。首を傾げながら少し考えてから、ゆっくりと言葉を選んで答えてくる。
「2年生からずっとミニバスのクラブに入っていたけど、家を引っ越して通えなくなって辞めてしまったので、またバスケをやりたいと思っているからです」
親の再婚で塾以外の習い事は通い続けられなくて辞めたという話は聞いたことがあった。その内の一つがミニバスだったのは今初めて知った。
そうなんだ、と感心しながら、愛華は次の質問へと移る。
「小学校生活で頑張ったことを教えて下さい」
この質問は過去にも何度か出て来ているようで、対策本にも星マーク付きで紹介されていた。
「え、頑張ったこと……頑張ったこと……」
天井を仰ぎ見たり、首を捻ったりと、佳奈は難しい顔をして考えている。その間に愛華は対策本の最初にあった、自己分析が記入できるページを見ていた。自分の長所や短所を記載できるようになっていたが、短所の項目は枠いっぱいに沢山のことが書いてあるのに、長所のところには『あまり忘れ物をしない』としか書かれていない。
――自己分析が苦手なんだね、きっと。
「体育委員長、頑張ってたと思うけどなー」
運動会での選手宣誓は、練習の成果がとてもよく出ていたと思う。佳奈もそれは自覚があったのか、「あ、」と閃いたような表情に変わる。
「体育委員長として、選手宣誓と運動会の運営を頑張りました」
「そうだね。あと、ここの長所のところがガラガラなんだけど……」
「自分のことは悪いところしか思いつかない」
愛華だってそうだが、自分の欠点はいくつも挙げられるけど、その反対はナルシストでも無ければなかなか難しい。でもそれは、自分自身のことだからだ。
愛華は佳奈から鉛筆を借りると、長所の項目に思いつくことを記入していく。
「私は最近の佳奈ちゃんしか知らないけどね、それでもこれくらいは思いつくよ」
――時間に正確。動物に優しい。我慢強い。ヘアアレンジが得意。素直。真面目。家族思い。
愛華が記入していくその言葉を、佳奈は照れ笑いを浮かべながら見ていた。自分には分からない自分の魅力。それは周りに言われて初めて気付くことが多いのかもしれない。