玄関チャイムが鳴って再配達の荷物が届いたのと、佳奈が塾から戻って来たのはほぼ同時だった。宅配業者に受け取りのサインをしている横を、遠慮がちに通り抜けて家の中へ入ってくる。
「おかえりー」
声を掛けると、いつもは小声で「ただいま」と答える佳奈も、他人の目を気にしてか今日は小さく頭を下げるだけだった。
業者から受け取った荷物は、両手で抱えるサイズだったが実際に持ってみるとそこまで重くはない。送り状を確認すると品目は食品になっていたから、また向こう限定のお菓子の詰め合わせだとすぐに分かった。珍しそうな物を見かける度に買っておいて、数が集まるごとに頻繁に送ってくれていたから。
「今回は京都限定の物が多いねー」
リビングへ運び込んで開封しながら、中身をテーブルの上に並べていく。前回は大阪限定だったが、今回は京都が中心だった。二人で休日に観光へ出掛けた時に買い集めてくれているらしい。八つ橋などの京都銘菓もあれば、コンビニで売ってそうな地域限定スナックもあって、しばらくはオヤツを買わなくても済みそうだ。お菓子以外にもあぶらとり紙や限定シートパックなんかのコスメグッズが入っているところが、さすが柚月という感じ。修司だけではまずありえない。佳奈はまだその辺りには興味がないみたいだから、気を使って愛華の為に選んでくれたのが丸わかり。
「あ、佳奈ちゃん、これ」
他とは分けるように封筒に入れられていた物に気付き、愛華は中を覗き込んでから佳奈へと手渡す。今回の荷物のメインはきっとこれで、お菓子はついでなのだろう。
「……御守り?」
「北野天満宮のだよ。学問の神様の」
「菅原道真?」
さすがに受験生、さらっと偉人の名前が口をついて出てくる。と感心したけれど、よくよく考えてみると、道真は小学校の社会で習う主な歴史上の人物には入っていなかったはず……。菅原道真が重要人物として教科書に出てくるのは中学からだ。
「修学旅行の事前学習で調べたから」
「あ、修学旅行って京都なんだ」
こくんと頷き返した佳奈は少し得意気だった。秋に行く旅先のことをグループで調べてまとめるという授業があり、佳奈達が取り上げた中に北野天満宮も含まれていたらしい。今は学校は休み中だからと塾に持って行っているリュックに付けて、御守りが揺れる度にクルミがじゃれてくるのを声を出して笑っていた。
同封されていた便せんに、柚月の字で『二人で合格祈願に行ってきました。受験勉強、がんばれ!』と書かれていた。新婚夫婦は向こうでもちゃんと仲良くやってるみたいで、何よりだ。
中身を出し切った段ボール箱をフローリングの上に置くと、すかさずクルミが匂いを嗅ぎに駆け寄って来て、満足するだけチェックし終えた後は中へとすぽっと入り込んでしまう。段ボールに入れられて捨てられていたくせに、相変わらず箱が好きみたいだ。
吸い寄せられるように入った箱の中から前足だけを出し、佳奈が操っている猫ジャラシへと攻撃を繰り出す。身体が隠れる場所がある分、普段よりも強気で戦っている。
お盆休みに有給休暇を足して、少し長めの休みを取って両親が揃って帰って来たのは、この夏でも特に日差しの強い日だった。向こうを朝に出たという二人は最寄り駅からそう遠くはないはずの自宅へ、わざわざタクシーを使って帰って来たらしい。なんて贅沢な。
「駅に着くまでは普通に歩くつもりでいたのよ。でもね、もうお昼でしょ、アスファルトからの照り返しがきつくって。そんな中をスーツケース引くなんて……ほら、汗でファンデも日焼け止めも落ちちゃってるし……」
ドロドロに溶けたメイクを肌に乗せ続けて外を歩くなんてもっての外と、家に着いて速攻でクレンジングの為に洗面所へ走ったところはさすがだ。美は一日にしてならず。
二人が帰省ラッシュを避けるようにお盆前に帰ってきたのにはちゃんと理由がある。明日からの一泊二日、新婚旅行を兼ねた家族旅行に行く為で、佳奈の塾の無い日に合わせている。
新婚と言っても再婚同士だし、受験生を連れ立ってだから、行き先は近場の温泉宿でそこまで大袈裟な旅行ではない。ただ家族で出掛けてのんびりして、ちょっと美味しい物を食べるのと、佳奈の夏休みの絵日記のネタ集めが目的だ。
愛華はもう行きたいところがあれば勝手に行ってしまえる歳なので、今回の旅行は猫の世話とバイトを理由に辞退した。
翌朝、修司の運転で出掛けていく三人を、愛華は玄関先で子猫と一緒に見送った。普段よりも早起きを強いられた佳奈は食べ切れなかった朝食用のパンを車の中へ持ち込んで行った。
バイト先ではお盆周辺に休みの希望を出した人が多かったみたいで、しばらくはいつもより長いシフトを組まれてしまっている。母親の墓参りに行く日はさすがに休みを取らせてもらえたけれど、それ以外の日はほとんど毎日ガッツリと入れられていた。学生バイトと言えど、人手が足りない時には容赦無い。
だから、この時期に柚月が帰って来てくれているのは正直とても助かる。忙しくて自分のことだけで手一杯になってしまい、佳奈のことまで気を回せる自信が無かった。そうでなくても、最近は姉としての立ち回りに悩んでいたくらいなのだから。
「おかえりー」
声を掛けると、いつもは小声で「ただいま」と答える佳奈も、他人の目を気にしてか今日は小さく頭を下げるだけだった。
業者から受け取った荷物は、両手で抱えるサイズだったが実際に持ってみるとそこまで重くはない。送り状を確認すると品目は食品になっていたから、また向こう限定のお菓子の詰め合わせだとすぐに分かった。珍しそうな物を見かける度に買っておいて、数が集まるごとに頻繁に送ってくれていたから。
「今回は京都限定の物が多いねー」
リビングへ運び込んで開封しながら、中身をテーブルの上に並べていく。前回は大阪限定だったが、今回は京都が中心だった。二人で休日に観光へ出掛けた時に買い集めてくれているらしい。八つ橋などの京都銘菓もあれば、コンビニで売ってそうな地域限定スナックもあって、しばらくはオヤツを買わなくても済みそうだ。お菓子以外にもあぶらとり紙や限定シートパックなんかのコスメグッズが入っているところが、さすが柚月という感じ。修司だけではまずありえない。佳奈はまだその辺りには興味がないみたいだから、気を使って愛華の為に選んでくれたのが丸わかり。
「あ、佳奈ちゃん、これ」
他とは分けるように封筒に入れられていた物に気付き、愛華は中を覗き込んでから佳奈へと手渡す。今回の荷物のメインはきっとこれで、お菓子はついでなのだろう。
「……御守り?」
「北野天満宮のだよ。学問の神様の」
「菅原道真?」
さすがに受験生、さらっと偉人の名前が口をついて出てくる。と感心したけれど、よくよく考えてみると、道真は小学校の社会で習う主な歴史上の人物には入っていなかったはず……。菅原道真が重要人物として教科書に出てくるのは中学からだ。
「修学旅行の事前学習で調べたから」
「あ、修学旅行って京都なんだ」
こくんと頷き返した佳奈は少し得意気だった。秋に行く旅先のことをグループで調べてまとめるという授業があり、佳奈達が取り上げた中に北野天満宮も含まれていたらしい。今は学校は休み中だからと塾に持って行っているリュックに付けて、御守りが揺れる度にクルミがじゃれてくるのを声を出して笑っていた。
同封されていた便せんに、柚月の字で『二人で合格祈願に行ってきました。受験勉強、がんばれ!』と書かれていた。新婚夫婦は向こうでもちゃんと仲良くやってるみたいで、何よりだ。
中身を出し切った段ボール箱をフローリングの上に置くと、すかさずクルミが匂いを嗅ぎに駆け寄って来て、満足するだけチェックし終えた後は中へとすぽっと入り込んでしまう。段ボールに入れられて捨てられていたくせに、相変わらず箱が好きみたいだ。
吸い寄せられるように入った箱の中から前足だけを出し、佳奈が操っている猫ジャラシへと攻撃を繰り出す。身体が隠れる場所がある分、普段よりも強気で戦っている。
お盆休みに有給休暇を足して、少し長めの休みを取って両親が揃って帰って来たのは、この夏でも特に日差しの強い日だった。向こうを朝に出たという二人は最寄り駅からそう遠くはないはずの自宅へ、わざわざタクシーを使って帰って来たらしい。なんて贅沢な。
「駅に着くまでは普通に歩くつもりでいたのよ。でもね、もうお昼でしょ、アスファルトからの照り返しがきつくって。そんな中をスーツケース引くなんて……ほら、汗でファンデも日焼け止めも落ちちゃってるし……」
ドロドロに溶けたメイクを肌に乗せ続けて外を歩くなんてもっての外と、家に着いて速攻でクレンジングの為に洗面所へ走ったところはさすがだ。美は一日にしてならず。
二人が帰省ラッシュを避けるようにお盆前に帰ってきたのにはちゃんと理由がある。明日からの一泊二日、新婚旅行を兼ねた家族旅行に行く為で、佳奈の塾の無い日に合わせている。
新婚と言っても再婚同士だし、受験生を連れ立ってだから、行き先は近場の温泉宿でそこまで大袈裟な旅行ではない。ただ家族で出掛けてのんびりして、ちょっと美味しい物を食べるのと、佳奈の夏休みの絵日記のネタ集めが目的だ。
愛華はもう行きたいところがあれば勝手に行ってしまえる歳なので、今回の旅行は猫の世話とバイトを理由に辞退した。
翌朝、修司の運転で出掛けていく三人を、愛華は玄関先で子猫と一緒に見送った。普段よりも早起きを強いられた佳奈は食べ切れなかった朝食用のパンを車の中へ持ち込んで行った。
バイト先ではお盆周辺に休みの希望を出した人が多かったみたいで、しばらくはいつもより長いシフトを組まれてしまっている。母親の墓参りに行く日はさすがに休みを取らせてもらえたけれど、それ以外の日はほとんど毎日ガッツリと入れられていた。学生バイトと言えど、人手が足りない時には容赦無い。
だから、この時期に柚月が帰って来てくれているのは正直とても助かる。忙しくて自分のことだけで手一杯になってしまい、佳奈のことまで気を回せる自信が無かった。そうでなくても、最近は姉としての立ち回りに悩んでいたくらいなのだから。