「お姉ちゃんっていうのが、よく分かんないんだけど……」
「そんなの、私も分かんないよ」

 最寄り駅から3駅離れたファミレスで、律がグラスに入ったアイスコーヒーを飲み干して、やや呆れ気味に言い切った。トリマーの専門学校へ通っている律は、ずっとロングだった髪を高校卒業と同時にショートにし、髪色も明るいブラウンに変えて、随分と雰囲気が変わっている。でも快活な彼女の性格にはこっちの方が絶対に合ってると思う。

「うちは妹とは年子だから、物心付いた時からお姉ちゃんやってるけどさ。弟も妹も、可愛いんだけどイラつくことも多いし、別に姉だからって何かしてあげたりもないけどなー」

 氷だけになったグラスをストローで掻き混ぜながら、「愛華は深く考え過ぎだよ」とケラケラと笑う。ドリンクバーにお替りを取りに行っていた真由が戻って来たのを確認して、入れ替わりで律もグラスを持って席を立つ。

 通っていた高校から歩いて行ける距離のこの店に来るのは卒業以来。今年の夏は運転免許を取ると意気込んでいた律が、「ショックなことあったし聞いてー」と泣き顔のアイコン付きでグループラインを送ってきたから、真由と共に慌てて駆け付けてきた。
 何があったか知らないが、とにかく慰めねばとやって来たけれど、「いいなって思ってた教官が、結婚指輪してたー」という全く大したことでもなくて、普通にお茶しに来ただけみたいになっていた。

「傍から見てる限り、愛華のは姉じゃなくて、母なんだよねぇ」
「え、お母さん?」
「うん、親と一緒に住んでないから家事してあげるのは仕方ないけど、先回りしていろいろ心配したりするのは、兄弟じゃなくて親みたい」

 アイスティーにオレンジジュースをミックスしてフルーツティ―を作って来たらしく、真由はその絶妙な配合に満足気に頬を緩めている。ドリンクバーがあると真由はやたらと飲み物を混ぜたがる。これまでに試した中で一番のお気に入りがこれで、次にお勧めなのがカルピス+オレンジジュースらしい。どちらも何となく味の想像がつく無難な組み合わせだ。

 真由には三つ上の兄がいるから妹の立場で言ってくれたのだろう。ということは、佳奈も愛華のことを親じゃないのに親みたいだと思っているのだろうか。もしかして鬱陶しい存在だと思われていないかと不安になってくる。

「まあでも、うちのお兄ちゃんも口煩く言ってくることあるけど、大概は年上ぶってマウント取りたい時だけだね」
「姉だって勿論、心配する時はあるよ。弟が帰ってくるの遅かったら、迎えに行った方がいいんじゃないの? とか」
「自分では行かないんだ?」
「うん、行かないね。親に、行ったらって言うだけ」

 アイスコーヒーの二杯目を手に、律が向かいの席――真由の隣に座りながら言う。目の前に姉代表と妹代表が出揃い、それぞれの立場から意見してくる。

「歳が離れてると、小さいお母さんみたいになるっていうし、愛華の場合はそれなんじゃない?」
「ああ、それだよきっと」
「7歳違いだったっけ? そんなに離れてたら、世話も焼きたくなるよね」

 勝手に納得したらしく、二人で頷き合っている。

「姉妹で年上がお姉ちゃんなのは当たり前なんだから、別に無理して姉ぶらなくっていいと思う」
「そうそう、別にお姉ちゃんだから何しなきゃいけないとか無いんだから」

 真由の自信作らしいフルーツティーを「ちょっと頂戴」と試しに一口貰ってから、律は微妙な顔をする。

「薄くて味分かんない。氷入れすぎじゃない?」
「え、そう?」

 普通に美味しいのに、と呟きながら、真由はストローに口を付ける。愛華も飲んでみてと勧められて味見したが、真由の言う通り普通に美味しかった。どう考えても、シロップ3個入れの激甘アイスコーヒーのせいで、律の味覚が鈍ってるとしか思えない。そこまで甘いと、もはやコーヒーじゃなくてジュースだ。

 愛華と真由も来年には運転免許取得をと考えていたから、律に自動車教習所の話を聞いたりと、その日は結局夕方近くまで、ただひたすら喋り倒した。

 駅前のスーパーに立ち寄ってから帰宅しても、夏期講習に行っている佳奈が帰って来る時間にはまだ早い。玄関を開けると、廊下の奥にある階段から子猫がひょっこりと顔を出してこちらを覗いていた。

「ただいま、くーちゃん」
「みー」

 トトト、と軽い足音を立てて、随分大きくなったクルミが駆け寄ってくる。高いところも余裕で昇り降りできるようになり、留守中もケージに入れっぱなしにしなくなると、一匹だけでいる時は自由に家中を動き回っているみたいだった。

 二階へも行き来できるようになったから、夜は佳奈と一緒にベッドで寝るのかと思っていたが、「寝返りして踏みつけちゃいそうだから怖い」と妹の部屋のドアはまだ開けて貰えないでいる。クルミ自身もケージの中が落ち着くらしく、眠くなると夜は自主的に自分のテリトリーへと戻って行く。

 頭を撫でられてゴロゴロと喉を鳴らして足にまとわりつくクルミのことを、蹴り飛ばさないよう避けながらキッチンへ入る。買ってきた物をエコバッグから取り出し、順に冷蔵庫や棚へ収納し終えた後、愛華はトートバッグからスマホを取り出して操作する。そして、郵便受けに入っていた不在表のガイダンスに従い再配達を依頼する。大阪にいる両親からまた荷物が送られて来たみたいだった。