「あれ、これって先に出るのはマズイやつじゃない?」
「うん、あっちはレジのすぐ前だからね……」
普通に話していても聞こえないはずだけど、ついヒソヒソ声になってしまう。席に着いた後の佳奈と父親の姿は丸っきり確認できないが、二人はここで昼ご飯を済ますつもりらしく、店員がナポリタンとピラフを運んで行くのが見えた。
マズイマズイ、とスマホを取り出して、さっき予約したばかりの映画の席を取り直す。直近の上映時間には今すぐここを出ないと間に合わない。けれど、店を出ようとすれば、レジ横のテーブルにいる佳奈に愛華達がここにいるのがバレてしまう。
否、後で考えたら別にバレてもそこまで困ることでもない。偶然だと言い張れば済む話――ここに居るのが偶然なのは本当なのだが、焦り過ぎて大変やましいことをしている気分になっていた。
ランチの時刻になってきたせいで、店のほとんどのテーブルが埋まり始める。既にドリンクもデザートも食べ切ってしまった二人は、満席状態の中をお冷だけで窓際の席を陣取っている勇気はない。とにかく何か追加で注文しなきゃと、再びメニューと睨めっこする。
「さ、サンドイッチでも半分こする? 一人で全部は自信ない」
「私も一人前とかはもう無理。プリンアラモード、意外とボリューミーだったし……いいよ、たまごサンドなら食べたい」
満腹一歩手前ではメニューの何を見ても食指が動かない。軽く摘まめるものでと軽食メニューからサンドイッチを一皿だけ注文する。コーヒー一杯で何時間でも居座れるレベルの図太さは、幾つになれば身につくのだろうか。あいにく、ついこないだ高校を卒業したばかりの二人では、まだそこまでのレベルには達していなかった。
混んでいる店内ではどんなに耳を澄ませても、佳奈達の声は聞こえてはこない。見えないし聞こえないのに、席を立つことすらできない。一体、自分達は何をやっているのかと、冷静に考えるととってもバカバカしい。
注文が重なったせいで思ったよりも時間が掛かってから運ばれて来たサンドイッチの皿を、愛華達は虚無の表情で見つめていた。ドリンクとデザートを食べてからのこれは、軽食と言えどそれなりにヘビーに感じる。
互いに目配せして、一切れずつを手に持って口へと運ぶ。甘い厚焼き玉子を挟んだサンドイッチはもっとお腹が空いている時に食べたかった……。
と、それまでパーテーションに隠れていた佳奈の父親が立ち上がったのが視界に入る。来た時と同じように先に一人でスタスタと歩いて行ってしまう父の後ろを、佳奈も慌てて席を立ち、追いかけていく。
「えっ、もう?」
数か月ぶりの親子の面会というのは、ご飯を食べながらゆっくり近況を語り合ったりして過ごすものだと思い込んでいた。「早過ぎない?」と呆気に取られた表情の真由の言いたいことはよく分かる。愛華も全く同じ感想を抱いてしまったから。そもそも、こんなレトロな雰囲気の喫茶店に連れて来られて、イマドキの小学生が喜ぶんだろうか。
「なんか、ご飯食べるだけで出て行っちゃったね……」
「この後にどっか行くとかかな?」
雰囲気的にそうとも思えないが、とにかくようやく映画を観に行けると、二人は残りのサンドイッチを無理矢理平らげてから、いまにも破裂しそうなお腹を抱えてショッピングモールへと続く遊歩道を進んだ。
予定よりも一本遅い上映分だったせいで、映画を観終わって再び外に出てみると、既に完全に日が落ちていた。時間的には夕食ギリギリというところだけど、作る余裕はあまりなさそう。たまにはいいかと最寄り駅すぐのスーパーの総菜コーナーを覗いていく。コンビニにもお惣菜は売っているけど、二人分となるとスーパーの方が安いし種類も量も多い。
「ただいま」
玄関に入って、抱えていたエコバッグを床に置くと、リビングのドアから子猫を抱っこした佳奈が顔を覗かせる。「おかえりなさい」と遠慮がちに声だけを掛けた後、そのままサッと戻っていってしまう。佳奈は朝には下ろしていた髪を、今は低めのポニーテールにしている。服もいつもよく着ているパーカーとスカートに着替え直していて、完全に普段通りに戻っていた。
「ごめんね、遅くなって。お腹減ったでしょ? お惣菜買ってきたから、すぐに温めるね」
炊飯器にご飯がまだあるのを確認してから、レンジで順番に温め直していく。テーブルの上にパックのまま並べられた総菜と、お湯を注ぐだけのインスタントの味噌汁。姉妹二人だけなんだから、たまには手抜きくらいしたっていい。
「佳奈ちゃんは、何時に帰ってきたの?」
「2時前くらい」
「……結構、早かったんだね」
「ご飯食べただけだから」
夕飯を食べながら、何気なく訊ねてみて「ああ、やっぱり」と思った。佳奈はあの後そのまま父親と別れ、家に帰って来たのだ。愛華の目にはとても不自然な親子関係に映ったが、だからと言って口出しする権利は一ミリも持ち合わせていない。佳奈の父親は赤の他人でしかないのだから、愛華には全く関係ないこと。
ただ、朝はあんなに元気の無かった妹が、今は普段と変わらず子猫と楽しそうにじゃれ合っている姿を見て、心の底から安堵していた。まだ幼い妹がこれ以上、一人で我慢して抱え込むことがないようにと願うばかりだ。
「うん、あっちはレジのすぐ前だからね……」
普通に話していても聞こえないはずだけど、ついヒソヒソ声になってしまう。席に着いた後の佳奈と父親の姿は丸っきり確認できないが、二人はここで昼ご飯を済ますつもりらしく、店員がナポリタンとピラフを運んで行くのが見えた。
マズイマズイ、とスマホを取り出して、さっき予約したばかりの映画の席を取り直す。直近の上映時間には今すぐここを出ないと間に合わない。けれど、店を出ようとすれば、レジ横のテーブルにいる佳奈に愛華達がここにいるのがバレてしまう。
否、後で考えたら別にバレてもそこまで困ることでもない。偶然だと言い張れば済む話――ここに居るのが偶然なのは本当なのだが、焦り過ぎて大変やましいことをしている気分になっていた。
ランチの時刻になってきたせいで、店のほとんどのテーブルが埋まり始める。既にドリンクもデザートも食べ切ってしまった二人は、満席状態の中をお冷だけで窓際の席を陣取っている勇気はない。とにかく何か追加で注文しなきゃと、再びメニューと睨めっこする。
「さ、サンドイッチでも半分こする? 一人で全部は自信ない」
「私も一人前とかはもう無理。プリンアラモード、意外とボリューミーだったし……いいよ、たまごサンドなら食べたい」
満腹一歩手前ではメニューの何を見ても食指が動かない。軽く摘まめるものでと軽食メニューからサンドイッチを一皿だけ注文する。コーヒー一杯で何時間でも居座れるレベルの図太さは、幾つになれば身につくのだろうか。あいにく、ついこないだ高校を卒業したばかりの二人では、まだそこまでのレベルには達していなかった。
混んでいる店内ではどんなに耳を澄ませても、佳奈達の声は聞こえてはこない。見えないし聞こえないのに、席を立つことすらできない。一体、自分達は何をやっているのかと、冷静に考えるととってもバカバカしい。
注文が重なったせいで思ったよりも時間が掛かってから運ばれて来たサンドイッチの皿を、愛華達は虚無の表情で見つめていた。ドリンクとデザートを食べてからのこれは、軽食と言えどそれなりにヘビーに感じる。
互いに目配せして、一切れずつを手に持って口へと運ぶ。甘い厚焼き玉子を挟んだサンドイッチはもっとお腹が空いている時に食べたかった……。
と、それまでパーテーションに隠れていた佳奈の父親が立ち上がったのが視界に入る。来た時と同じように先に一人でスタスタと歩いて行ってしまう父の後ろを、佳奈も慌てて席を立ち、追いかけていく。
「えっ、もう?」
数か月ぶりの親子の面会というのは、ご飯を食べながらゆっくり近況を語り合ったりして過ごすものだと思い込んでいた。「早過ぎない?」と呆気に取られた表情の真由の言いたいことはよく分かる。愛華も全く同じ感想を抱いてしまったから。そもそも、こんなレトロな雰囲気の喫茶店に連れて来られて、イマドキの小学生が喜ぶんだろうか。
「なんか、ご飯食べるだけで出て行っちゃったね……」
「この後にどっか行くとかかな?」
雰囲気的にそうとも思えないが、とにかくようやく映画を観に行けると、二人は残りのサンドイッチを無理矢理平らげてから、いまにも破裂しそうなお腹を抱えてショッピングモールへと続く遊歩道を進んだ。
予定よりも一本遅い上映分だったせいで、映画を観終わって再び外に出てみると、既に完全に日が落ちていた。時間的には夕食ギリギリというところだけど、作る余裕はあまりなさそう。たまにはいいかと最寄り駅すぐのスーパーの総菜コーナーを覗いていく。コンビニにもお惣菜は売っているけど、二人分となるとスーパーの方が安いし種類も量も多い。
「ただいま」
玄関に入って、抱えていたエコバッグを床に置くと、リビングのドアから子猫を抱っこした佳奈が顔を覗かせる。「おかえりなさい」と遠慮がちに声だけを掛けた後、そのままサッと戻っていってしまう。佳奈は朝には下ろしていた髪を、今は低めのポニーテールにしている。服もいつもよく着ているパーカーとスカートに着替え直していて、完全に普段通りに戻っていた。
「ごめんね、遅くなって。お腹減ったでしょ? お惣菜買ってきたから、すぐに温めるね」
炊飯器にご飯がまだあるのを確認してから、レンジで順番に温め直していく。テーブルの上にパックのまま並べられた総菜と、お湯を注ぐだけのインスタントの味噌汁。姉妹二人だけなんだから、たまには手抜きくらいしたっていい。
「佳奈ちゃんは、何時に帰ってきたの?」
「2時前くらい」
「……結構、早かったんだね」
「ご飯食べただけだから」
夕飯を食べながら、何気なく訊ねてみて「ああ、やっぱり」と思った。佳奈はあの後そのまま父親と別れ、家に帰って来たのだ。愛華の目にはとても不自然な親子関係に映ったが、だからと言って口出しする権利は一ミリも持ち合わせていない。佳奈の父親は赤の他人でしかないのだから、愛華には全く関係ないこと。
ただ、朝はあんなに元気の無かった妹が、今は普段と変わらず子猫と楽しそうにじゃれ合っている姿を見て、心の底から安堵していた。まだ幼い妹がこれ以上、一人で我慢して抱え込むことがないようにと願うばかりだ。