手作りの焼きプリンが乗ったプリンアラモードが運ばれてくると、真由はすかさずスマホのカメラを向ける。ガラスの器に盛りつけられたプリンとバニラアイスはフルーツとたっぷりの生クリームで彩られていた。レトロな雰囲気のお店そのままのド定番スイーツは、一周回って逆に新鮮に映る。
「でもさ、三ヶ月に一度って微妙な間隔だよね。子供が可愛かったら、親ってもっと会いたがるもんじゃないの?」
「……そうなのかなぁ。遠くに住んでて会いに来るのが大変っていうのもあるとは思うんだけど」
「母親が会わせるのを反対してるとか?」
「反対はしてないと思う。そりゃ本心では良い気はしてないかもしれないけど……昨日の電話でも、佳奈ちゃんの判断に任せてるって感じだった」
「でもねぇ」と納得しきれない表情で、真由は薄切りにされたリンゴで生クリームを掬って頬張っている。目の前の誘惑に負け、愛華もデザートメニューを手に取って、ケーキのページに並んでいる商品名を目で追っていく。
愛華の場合は母親は既に亡くなっているから、もう二度と会うことは叶わない。だから三ヶ月空こうが会えるものなら会いたいとは思う。
よく似た環境に育ってきたとは思っていたが、そういう面では佳奈とは全く違う。
追加で注文したスフレチーズケーキは、同じ駅ビル内にあるケーキ屋の刻印が焼き付けられていた。系列店なのか、ただの仕入れ先なのかは分からないが、ここで食べて美味しかったら買って帰ることもできるし便利だ。
「そろそろ時間じゃない? 妹、どんな格好してた?」
窓の外を食い入るように眺めながら、真由が確認してくる。それなりに距離があるから顔までは認識できないし、着ている物で探すしかない。確か今朝の佳奈は黒色のシャツワンピースを着て、珍しく髪を全部下ろしていた。普段とは雰囲気の違う、少し優等生ぶった落ち着いた服装だった。
小学生の女の子と大人の男性が二人きりという組み合わせは、上から見ていても意外といないものだ。居たと思っても、佳奈よりも小さな子だったり、他にも兄弟らしき子供や母親らしき女性も近くに居たり。
世間の十代女子は父親とはあまり出歩かないものなのかと考えて、そういえば自分もそうだったと改めて気付く。最後に父と二人で遊びに出掛けたのはいつだろう。多分、去年のお盆に墓参りに行った以来か――否、それは遊びとは言わない。
親子がショッピングモール内のレストランで昼ご飯を食べるんじゃないかという推理はどうやら外れてしまったようで、いくら張り込んでいても目下の遊歩道に佳奈が現れることはなかった。近くの別の店か、それとも電車に乗り直して全く別のところへ移動してしまったのか。なんなら父親が車で来ていて、もっと全然違う場所に行ってしまった後かもしれない。あまり詮索してもと遠慮して、肝心なことは何も聞いてないのを悔やむ。
既に諦めモードで、愛華と真由の興味がこれから観る予定の映画へと完全にシフトし、二人はスマホで上映時間を表示させて相談し始める。今日のショッピングモールにはあまり長居したくないから、ここでネット予約してから時間ギリギリに向かうのが賢明だ。忘れかけていたけれど、本来の目的はこっちだった。
「バイト先の社員さんがもう観たらしいんだけど、本気で泣いたって言ってたんだよ。涙腺崩壊だって」
「えー、ハンカチ必須? ていうか、好きな俳優の恋愛映画ってどんなファン心理で観るの?」
「ある意味、拷問。でも、絶対に観たい」
その時、カランコロンと店のドアベルが小気味良い音を奏でた。
愛華の向きからは真逆になって入り口の様子は見えなかったが、向かいの席に座っている真由が少し頭を下げて隠れながら確認してくる。
「あれ、妹じゃない? 黒のシャツワンピだし」
運動会では遠目にしか見ていないから断言できないけれど、さっき聞いた佳奈の服装や髪型そのままの子が父親らしき男性と一緒に入って来たのが見えた。指で示された方向に視線を送った後、愛華が黙って頷き返したのを見て、真由のテンションが一気に上がる。
「やっぱ、ここで張り込んでて正解だったね」
最初の思惑とは逸れている気もするが、かなり満足気だ。父娘は入口近くのテーブルに案内されたようで、首を伸ばせば何とか様子を見れるかどうか。背の高いパーテーションが客のプライバシーをガッツリと守っている。その微妙な距離感に真由がじれったいとソワソワしていた。
愛華の席からは佳奈の様子は全く見えない。けれど、娘の向かいに座っている父親らしき男性の顔は、ちょうどパーテーションの境目を通り過ぎた時に確認することができた。眼鏡を掛けているが目元と鼻筋は佳奈とよく似ていて、とても静かでどこか神経質そうな雰囲気の人だ。
店員から案内されたテーブルに向かう時も、席に着く際にも娘へは何の声も掛けず、佳奈は置いてきぼりになっているように見えた。
愛華は佳奈からはこちらが見えないことにホッとしていた。一瞬だけチラっと見えただけだったが、それだけで十分過ぎるくらい分かったから。まだ付き合いの短い佳奈のことは勿論知らないことの方が多い。けれど、あの顔はこれまで何度も見た覚えがある。
――佳奈ちゃん、辛いのを我慢してる時の顔してた……。
塾が遠くて辛いのを、仕方ないと我慢していた時の顔。通学沿線が変わって仲良しの友達と離れてしまっても、平気なフリして一人で耐えている時の顔。あの時と全く同じ、諦めきった顔をしていた。
一緒にいるあの人は、佳奈のそんな様子に気付いていないのだろうか。
「でもさ、三ヶ月に一度って微妙な間隔だよね。子供が可愛かったら、親ってもっと会いたがるもんじゃないの?」
「……そうなのかなぁ。遠くに住んでて会いに来るのが大変っていうのもあるとは思うんだけど」
「母親が会わせるのを反対してるとか?」
「反対はしてないと思う。そりゃ本心では良い気はしてないかもしれないけど……昨日の電話でも、佳奈ちゃんの判断に任せてるって感じだった」
「でもねぇ」と納得しきれない表情で、真由は薄切りにされたリンゴで生クリームを掬って頬張っている。目の前の誘惑に負け、愛華もデザートメニューを手に取って、ケーキのページに並んでいる商品名を目で追っていく。
愛華の場合は母親は既に亡くなっているから、もう二度と会うことは叶わない。だから三ヶ月空こうが会えるものなら会いたいとは思う。
よく似た環境に育ってきたとは思っていたが、そういう面では佳奈とは全く違う。
追加で注文したスフレチーズケーキは、同じ駅ビル内にあるケーキ屋の刻印が焼き付けられていた。系列店なのか、ただの仕入れ先なのかは分からないが、ここで食べて美味しかったら買って帰ることもできるし便利だ。
「そろそろ時間じゃない? 妹、どんな格好してた?」
窓の外を食い入るように眺めながら、真由が確認してくる。それなりに距離があるから顔までは認識できないし、着ている物で探すしかない。確か今朝の佳奈は黒色のシャツワンピースを着て、珍しく髪を全部下ろしていた。普段とは雰囲気の違う、少し優等生ぶった落ち着いた服装だった。
小学生の女の子と大人の男性が二人きりという組み合わせは、上から見ていても意外といないものだ。居たと思っても、佳奈よりも小さな子だったり、他にも兄弟らしき子供や母親らしき女性も近くに居たり。
世間の十代女子は父親とはあまり出歩かないものなのかと考えて、そういえば自分もそうだったと改めて気付く。最後に父と二人で遊びに出掛けたのはいつだろう。多分、去年のお盆に墓参りに行った以来か――否、それは遊びとは言わない。
親子がショッピングモール内のレストランで昼ご飯を食べるんじゃないかという推理はどうやら外れてしまったようで、いくら張り込んでいても目下の遊歩道に佳奈が現れることはなかった。近くの別の店か、それとも電車に乗り直して全く別のところへ移動してしまったのか。なんなら父親が車で来ていて、もっと全然違う場所に行ってしまった後かもしれない。あまり詮索してもと遠慮して、肝心なことは何も聞いてないのを悔やむ。
既に諦めモードで、愛華と真由の興味がこれから観る予定の映画へと完全にシフトし、二人はスマホで上映時間を表示させて相談し始める。今日のショッピングモールにはあまり長居したくないから、ここでネット予約してから時間ギリギリに向かうのが賢明だ。忘れかけていたけれど、本来の目的はこっちだった。
「バイト先の社員さんがもう観たらしいんだけど、本気で泣いたって言ってたんだよ。涙腺崩壊だって」
「えー、ハンカチ必須? ていうか、好きな俳優の恋愛映画ってどんなファン心理で観るの?」
「ある意味、拷問。でも、絶対に観たい」
その時、カランコロンと店のドアベルが小気味良い音を奏でた。
愛華の向きからは真逆になって入り口の様子は見えなかったが、向かいの席に座っている真由が少し頭を下げて隠れながら確認してくる。
「あれ、妹じゃない? 黒のシャツワンピだし」
運動会では遠目にしか見ていないから断言できないけれど、さっき聞いた佳奈の服装や髪型そのままの子が父親らしき男性と一緒に入って来たのが見えた。指で示された方向に視線を送った後、愛華が黙って頷き返したのを見て、真由のテンションが一気に上がる。
「やっぱ、ここで張り込んでて正解だったね」
最初の思惑とは逸れている気もするが、かなり満足気だ。父娘は入口近くのテーブルに案内されたようで、首を伸ばせば何とか様子を見れるかどうか。背の高いパーテーションが客のプライバシーをガッツリと守っている。その微妙な距離感に真由がじれったいとソワソワしていた。
愛華の席からは佳奈の様子は全く見えない。けれど、娘の向かいに座っている父親らしき男性の顔は、ちょうどパーテーションの境目を通り過ぎた時に確認することができた。眼鏡を掛けているが目元と鼻筋は佳奈とよく似ていて、とても静かでどこか神経質そうな雰囲気の人だ。
店員から案内されたテーブルに向かう時も、席に着く際にも娘へは何の声も掛けず、佳奈は置いてきぼりになっているように見えた。
愛華は佳奈からはこちらが見えないことにホッとしていた。一瞬だけチラっと見えただけだったが、それだけで十分過ぎるくらい分かったから。まだ付き合いの短い佳奈のことは勿論知らないことの方が多い。けれど、あの顔はこれまで何度も見た覚えがある。
――佳奈ちゃん、辛いのを我慢してる時の顔してた……。
塾が遠くて辛いのを、仕方ないと我慢していた時の顔。通学沿線が変わって仲良しの友達と離れてしまっても、平気なフリして一人で耐えている時の顔。あの時と全く同じ、諦めきった顔をしていた。
一緒にいるあの人は、佳奈のそんな様子に気付いていないのだろうか。