「それで、アデル。あなたはこれからどうするつもりなんですか?」

 体がある程度回復してきたので、ストレッチをしながら体の動き確認していると、アーシャが訊いてきた。

「どうする、か。どうしようか、まだ何も思いつかないな。さっきまで死にかけてたわけだし」
「そうですか……そうですよね」

 アデルの言葉に、王女は眉根を寄せて肩を落とした。
 アデルは自らの黒い大剣を片手で持って軽く振り、体の調子を確認する。まだ体が本調子ではないせいか、いつもは手に馴染む大剣が酷く重く感じた。
 アーシャによると、アデルの体内にあった毒は麻痺させて体を蝕む他、筋肉を極度に弛緩させる性質もあったという。アデルが毒矢を受けて立ち上がれなくなったのは、その所為だったのだ。アーシャの治癒魔法では筋肉の弛緩までは治す事ができず、本調子に戻るにはもう少し時間がかかるそうだ。

「あの……非常に申し上げ難いのですが、私の方も時間が迫ってきています。あまり遅くなると、捜索隊が入ってきてしまう可能性があるので」

 そろそろ出ないといけません、とアーシャは付け足した。
 アーシャが〝成人の儀〟でこの洞窟に入ってからまだ半日も経っていないそうだが、彼女の実力であればほんの数時間あれば帰って来れる儀式だ。半日経たずとも、何かあったのでは、と心配される可能性があるのだという。

「ああ、もう大丈夫だ。これだけ剣が振れるなら、俺一人で何とでもなるさ」

 アデルはもう一度大剣を振り、自分の腕力を確認する。
 十五の王族でも倒せる様な魔物しかいない洞窟だ。まだまだ腕に力は入らないが、剣が振るえるのであれば〝漆黒の魔剣士〟の敵ではない。

(あれ、そういえば王女が来てから全然魔物が現れなくなったな)

 ふと周囲を見回すが、アデルが気を失うまではちらほらとあった魔物の気配が一切なかった。それに、結構な長い時間をここで寝ていたはずなのだが、その間彼女が魔物と戦った形跡もなかった。

「私がここを去れば、魔物が現れると思います。くれぐれも気を付けて下さいね」
「ここを去ればってのは、どういう事だ?」
「えっと、私の体質らしくて。弱い魔物は私に近づいてこないそうです」
「なるほど……」

 おそらく、それもアーシャを聖女たらしめている理由でもあるのだろう。
 アデルでは目視できないが、彼女は神聖なオーラを纏っているらしく、弱い魔物は近付かないのだそうだ。衛兵達もそれがわかっているからこそ、アーシャがこの試練に時間が掛かり過ぎると、誘拐等の別の心配をするのだという。

「念の為、私が発って数時間はここに待機してもらえますか? 一緒のタイミングで外に出て衛兵に見つかっては色々面倒でしょうし。万が一シャイナに見つかってしまえば、大事です」

 アーシャがうんざりだ、と言わんばかりの表情を見せた。
 シャイナとは彼女の近衛騎士で教育係の様な女性だ。優しくいつでもアーシャの味方で居てくれるそうだが、その口煩さから少し面倒に感じている、と先程愚痴を漏らしていた。
 そういった反応を見ていると、彼女が年頃の女の子なのだなと実感できた瞬間でもあり、アデルはどこか安心するのだった。これまで見た彼女は、それこそ天の使いの様に人間離れしていたからだ。

「ああ、そうだな。何から何までありがとう」

 冒険者崩れと密会してしまっていた自分の事や、儀式云々よりもアデルの事を心配してくれているアーシャ。しかも、さり気無く先程の薬草水(ポーション)を置いてくれている。優しさという概念がそのまま人になった様な人だった。
 彼女が特別なのかもしれないが、人間も捨てたものではないな、とアデルが思った瞬間でもあった。

「……アデル」
「ん?」

 白銀髪の王女が足を止めて、振り向いた。