(ちくしょう、このままだと本当に死んじまう)
アデルは自らの体を叱咤するが、全く動く気配がない。しかも、意識まで途切れかけているときている。本当に二進も三進も行かない状態だった。
せめて毒だけでも消さないと、と自分の鞄を探すが、オルテガは抜かりなくアデルの荷物まで持って行っていた。この洞窟の奥に毒消しの薬が生えているとは思えない。絶体絶命だった。
(やっぱり……パーティーなんて、組むんじゃなかった)
アデルは薄れ行く意識の中、ただ自らの判断を呪った。
彼が十四の時、傭兵稼業を営んでいた両親は何者かに殺された。彼が剣の稽古から家に帰ると、ただ両親の死体が転がっていたのだ。
傭兵稼業をしていた両親である。いつ誰に恨まれているかもわからないので、殺されるのは仕方ない。争った形跡はなかったので、暗殺か知人による犯行なのは間違いない。
その後アデルが独自に調べたところによると、殺したのは両親の元パーティーメンバーだった。その者に問い詰めたところ、借金で首が回らなくなり、金欲しさに殺したらしい。無論、その男は既にアデルによって屠られている。
それから六年間、アデルは独りだった。ただ両親に教え込まれた剣の腕だけを磨き、冒険者や傭兵稼業をして生きてきた。
その間、彼は誰ともパーティーは組まなかった。パーティーを組んでしまった成れの果てが両親だったからだ。同じ轍は踏むまい──そう思ってただ孤独に戦い、生きてきた。
そうしてただ生き延びているだけだったのに、周囲からは〝漆黒の魔剣士〟などと呼ばれる様になっていた。それは身幅四寸・長さ五尺の、刀身が真っ黒な大剣を用いている事からついた通り名だった。
そうしてただ独りで生きてきたのに、ついうっかりと気が緩んでしまった時がある。それが、半年前だ。
『よお、お前〝漆黒の魔剣士〟だろ? 俺達とパーティー組まないか? ちょうど、もう一人前衛が欲しかったところなんだ』
〝紅蓮の斧使い〟オルテガがそう声を掛けてきた。
彼の名前はアデルもよく知っていた。彼の住む街では有名な冒険者だったからだ。
何となく独りで戦うのも飽きてきていた頃合だ。たまには誰かと組んでみるのも良いかもしれない──オルテガの話を受け入れたのは、そんな出来心だった。単発の依頼だけ、一度だけのつもりだったのである。
だが、パーティーとは思った以上に居心地がよく、また驚く程戦いが楽になった。誰かが補助してくれて、危なくなったら誰かが助けに入ってくれて、傷を負えば治療してもらえる──あの孤独に戦っていた日々は何だったのだと思わせる程、パーティー生活は充実していて楽しかったのである。
そして彼は、同じパーティーに所属していた回復術師のフィーナと恋に落ちた。孤独な人生を生きる彼にとって、恋も初めてだった。フィーナはフィーナで、いつも前線で勇ましく戦うアデルに見惚れていたらしく、自然と彼らは結ばれた。
パーティーを組んでからの半年間は、彼のこれまでの人生を否定する程に全てが上手く行っていた。金は稼げ、冒険者としてのランクも上がり、そして恋人もできた。
パーティーとはこんなに良いものだったのか──アデルが自らの考えを改めてようとしていたところに、今回の裏切りは起こった。
(その成れの果てが……これかよ)
結局、アデルも両親と同じ末路を辿った。パーティーメンバーに裏切られ、殺されるだけだったのだ。
(フィーナ、お前だけはどうか……)
もう目が霞んできて、意識を保てる時間もそう長くなかった。そんな時、アデルの視界に白い何かがふわりと見えた。
「大丈夫ですか!? しっかりして下さい!」
それと同時に、透き通った綺麗な声がアデルの耳に入ってきた。女の声だった。
(フィーナか……? まさかそんなはずは……)
誰の声かもわからず、死の間際の空耳かと思った。
疑いながらも、アデルはうっすらと目を開ける。
長い白銀色の髪を持つ女性が視界に入ってきて、彼女の持つ浅葱色の美しい瞳は、見るだけで心が洗われるかの様だった。
(なんだ、これは……俺を天界に導きにきた戦乙女か何かか? 生憎だが、俺はもう戦いたくはないぞ)
死の間際だというのに、頭の中では妙に軽口が冴えた。
生きているのか死んでいるのかさえわからない程、全てがどうでもよくなっていたのだ。
「どうしてこんなところに怪我人が……!? もう少し耐えて下さい、私が何とかしますから……!」
白銀髪の少女は懸命に手のひらをアデルの上に翳した。
その顔をはっきりと確認しようとした時、彼の意識は途絶えた。
アデルは自らの体を叱咤するが、全く動く気配がない。しかも、意識まで途切れかけているときている。本当に二進も三進も行かない状態だった。
せめて毒だけでも消さないと、と自分の鞄を探すが、オルテガは抜かりなくアデルの荷物まで持って行っていた。この洞窟の奥に毒消しの薬が生えているとは思えない。絶体絶命だった。
(やっぱり……パーティーなんて、組むんじゃなかった)
アデルは薄れ行く意識の中、ただ自らの判断を呪った。
彼が十四の時、傭兵稼業を営んでいた両親は何者かに殺された。彼が剣の稽古から家に帰ると、ただ両親の死体が転がっていたのだ。
傭兵稼業をしていた両親である。いつ誰に恨まれているかもわからないので、殺されるのは仕方ない。争った形跡はなかったので、暗殺か知人による犯行なのは間違いない。
その後アデルが独自に調べたところによると、殺したのは両親の元パーティーメンバーだった。その者に問い詰めたところ、借金で首が回らなくなり、金欲しさに殺したらしい。無論、その男は既にアデルによって屠られている。
それから六年間、アデルは独りだった。ただ両親に教え込まれた剣の腕だけを磨き、冒険者や傭兵稼業をして生きてきた。
その間、彼は誰ともパーティーは組まなかった。パーティーを組んでしまった成れの果てが両親だったからだ。同じ轍は踏むまい──そう思ってただ孤独に戦い、生きてきた。
そうしてただ生き延びているだけだったのに、周囲からは〝漆黒の魔剣士〟などと呼ばれる様になっていた。それは身幅四寸・長さ五尺の、刀身が真っ黒な大剣を用いている事からついた通り名だった。
そうしてただ独りで生きてきたのに、ついうっかりと気が緩んでしまった時がある。それが、半年前だ。
『よお、お前〝漆黒の魔剣士〟だろ? 俺達とパーティー組まないか? ちょうど、もう一人前衛が欲しかったところなんだ』
〝紅蓮の斧使い〟オルテガがそう声を掛けてきた。
彼の名前はアデルもよく知っていた。彼の住む街では有名な冒険者だったからだ。
何となく独りで戦うのも飽きてきていた頃合だ。たまには誰かと組んでみるのも良いかもしれない──オルテガの話を受け入れたのは、そんな出来心だった。単発の依頼だけ、一度だけのつもりだったのである。
だが、パーティーとは思った以上に居心地がよく、また驚く程戦いが楽になった。誰かが補助してくれて、危なくなったら誰かが助けに入ってくれて、傷を負えば治療してもらえる──あの孤独に戦っていた日々は何だったのだと思わせる程、パーティー生活は充実していて楽しかったのである。
そして彼は、同じパーティーに所属していた回復術師のフィーナと恋に落ちた。孤独な人生を生きる彼にとって、恋も初めてだった。フィーナはフィーナで、いつも前線で勇ましく戦うアデルに見惚れていたらしく、自然と彼らは結ばれた。
パーティーを組んでからの半年間は、彼のこれまでの人生を否定する程に全てが上手く行っていた。金は稼げ、冒険者としてのランクも上がり、そして恋人もできた。
パーティーとはこんなに良いものだったのか──アデルが自らの考えを改めてようとしていたところに、今回の裏切りは起こった。
(その成れの果てが……これかよ)
結局、アデルも両親と同じ末路を辿った。パーティーメンバーに裏切られ、殺されるだけだったのだ。
(フィーナ、お前だけはどうか……)
もう目が霞んできて、意識を保てる時間もそう長くなかった。そんな時、アデルの視界に白い何かがふわりと見えた。
「大丈夫ですか!? しっかりして下さい!」
それと同時に、透き通った綺麗な声がアデルの耳に入ってきた。女の声だった。
(フィーナか……? まさかそんなはずは……)
誰の声かもわからず、死の間際の空耳かと思った。
疑いながらも、アデルはうっすらと目を開ける。
長い白銀色の髪を持つ女性が視界に入ってきて、彼女の持つ浅葱色の美しい瞳は、見るだけで心が洗われるかの様だった。
(なんだ、これは……俺を天界に導きにきた戦乙女か何かか? 生憎だが、俺はもう戦いたくはないぞ)
死の間際だというのに、頭の中では妙に軽口が冴えた。
生きているのか死んでいるのかさえわからない程、全てがどうでもよくなっていたのだ。
「どうしてこんなところに怪我人が……!? もう少し耐えて下さい、私が何とかしますから……!」
白銀髪の少女は懸命に手のひらをアデルの上に翳した。
その顔をはっきりと確認しようとした時、彼の意識は途絶えた。