「都市レストリアーク……ギルド受付……」

 新しく生きることになった世界では幼少期の記憶がないにもかかわらず、異世界の文字を読むことができるという特別待遇を授かった。

(まともな学校生活送ってこなかったから、十五の歳からやり直せるって最高すぎるっ!)

 幼少期の記憶がないイコール、異世界での家族構成がどうなっているかは分からない。
 家族の情報どころか、住む場所も与えられずに、目が覚めたと同時に西洋風の世界観漂う都市レストリアークに佇んでいた。

(けど、大抵ギルドに駆け込めば、なんとかなるのがお決まりの展開のはず)

 西洋の建築に対して知識はないものの、狭い敷地に木材を組み合わせた構造の多くの建物が密集しているところなんてゲームらしさが表現されていて親しみが生まれてくる。

(にしても、なんで俺だけ体操着なんだよ……)

 周囲を見渡すと、西洋風の世界に染まりきった服装の人たちで溢れ返っていた。
 俺はなぜか世界に染まることができずに、現代の日本でいう体操着みたいなものを身に着けている。
 中世ヨーロッパに日本の体操着っていう違和感ありありの服装が、今は本気で恥ずかしい。

(このアウェイ感を早めになんとかしないと……)

 健康な身体さえあれば、新しく始まった人生もなんとかなるんじゃないか。
 そんな前向きな思考が生まれてくる自分をくすぐったく感じつつも、俺はギルドと名の付く建物の扉へと手をかけたときのことだった。

「ぐわっ」

 前世の日本では発したこともないような奇怪な声を上げたのは、ほかの誰でもなく俺自身。
 ギルドに足を踏み入れようとした俺の意思に反して、強い力で肩を掴まれてギルドに赴くことを阻まれた。

「おまえ、職を探してるんだな」

 振り返ると、いかにも人を殺すことで生計を立てていそうな凶悪そうな男が俺に目をつけた。
 目つきや口の形状、眉毛の角度が敵キャラっぽいとか思ったりもしたけど、新しい命を授かったばっかで死亡ルートに突入するのかと背筋が凍りつきそうになる。

「いや、あの、俺は……」
「職探してる奴、見つけたぞ!」

 体格のいい凶悪そうな男は俺の話に聞く耳なんて持ってはくれず、細い路地に潜んでいた仲間たちを呼ぶために声を上げる。

(警察、呼ばなきゃ……)

 そんな発想に至るものの、新しく生きる世界で警察なんて組織があるかどうかも分からない。
 都市を行き交う人々は平和そうな顔つきで俺の目の前を通り過ぎて、一人の男()に危機が迫っていることなんて素知らぬふり。
 事件なんて何も起きていませんよと言わんばかりの他人事のような顔をされたこと、俺は一生忘れないと思う。

「今日から、ここがおまえの職場だ」

 人(さら)いですと大声を上げる間もなく、俺は複数の男たちに引きずられるかたちで独房のような場所へと連れてこられた。
 囚人を絶対に逃がすつもりはないと言わんばかりの強固な作りの施設から温かみを感じることはできず、さっきまで陽の光を浴びていた時間が既に懐かしい。

(俺、この人たちの奴隷として生きていくのかな……)

 新しく命を授かったからには、新しい人生が始まると思っていた。
 前世で青春を謳歌することができなかった俺に、神様は新しい世界っていうご褒美を用意してくれたものだと思っていた。

「頑張ってくれよ!」

 でも、幸運なんてものを引き当てることができなかった俺は、大柄の男に背中を押されることで足のバランスを崩した。
 俺を攫った男たちは、その場へと転がり込みそうになるという醜態を大きな笑い声を上げた。

(くそっ……)

 負け組感満載の新しい人生。
 友達がいなかった人間は、新しい世界に行っても友達を作ることができないということ。
 学校の行事を休みまくって、親友と呼べる親友ができないまま十五歳の誕生日を迎えた前世の俺に向ける顔がない。

(ただ、青春を謳歌したいって願いすら叶えられないのかよ……)

 自分とは似ても似つかない体格の男に背中を押され、確実に真っ赤な跡が残っているって確信があるくらい背中に痛みを感じる。

「ほらほら、ここに来たからにはちゃーんと働いてくれよな」

 細柄の俺が開けられるわけがないって決めつけたくなるくらい重たそうな鉄の扉。
 そこへ向かうように指示され、もう逃げ出すことはできないのだと覚悟を決める。

(ここから監禁生活の始まりか……)

 振り返ったところで、誘拐犯の男たちは俺が鉄の扉を開けるのを心待ちにしているだけ。

(先に待っているものは、絶望……)

 無理に逃走を図って、男たちに暴力を振るわれるのが最善か。
 それとも、何が待っているか分からない鉄の扉を開くのが最善か。
 街を行き交う人から暴力を振るわれる環境とは無縁の現代日本を生きてきた俺からすれば、答えはすぐに出すことができた。

(だったら……!)

 扉を開く覚悟が決まる。
 囚人を絶対に逃がすことはない厳重そうな扉を開けることすら、今の俺にとっては容易なことのように思えた。
 扉に全体重を乗せ、勢いに任せて扉を開こうとしたときのことだった。

「あの、お願いしていた人手はまだですか」

 またしても、自分の身体はよろけてしまった。
 自分が全体重を使って鉄の扉を開くよりも先に、扉は開かれた。

「ギルドの前をうろうろしてたから、ここに連れてきた」
「それは誘拐……まあ、いいです。人手は多い方が、私たちも助かりますので」

 扉の向こうから現れたのは、小学生の高学年くらいの身長が特徴的な少女。
 さりげなく『誘拐』という恐ろしい言葉をさらりと流した少女の髪色は薄い青色。
 やっぱり、ここは現代日本ではないことを彼女の馴染みのない髪色が教えてくれた。