「なんで味付けだけ失敗したかなー」
「それがわかったら苦労しないと思いますよ」

 ミネは持ち前の冷静さで、現実ときちんと向き合う。
 確かに原因さえ分かってしまえば、ミネもリリアネットさんも容易に魔法を使いこなせるようになるということ。
 魔法学園に通う必要すらないということでもある。

「魔法学園に通うためにも、今日はしっかりと休んでくださいね」
「気遣い、ありがと」
「なんとかさんは、今日から大切な仲間になる方ですから」

 そんな恥ずかしいことを真正面から伝えることができるのに、相変わらず名前を呼んでくれないんだなってところが面白くて笑みが溢れそうになる。

「じゃあ、おやす……」
「待ってください」

 身体が破壊されそうなくらい硬そうなベッドで、どう休もうか。
 思考を切り替えようと思って、扉に手をかけたときのことだった。

「廊下の明かり、一緒に消しましょう」

 ミネはそう言って、手を伸ばしても届かない位置にある照明器具に手を掲げる。

「あ、そっか。付けっぱなしは良くないか」
「付けっぱなしでもいいですけど、明日起きる頃には魔力が枯渇して死んじゃいますよ」
「それは勘弁してください」

 ミネと一緒になって、天井の照明へと両手を伸ばす。
 魔法の杖ってものが存在しないところに格好悪さを感じるけど、廊下の明かりを消すためには仕方がない。

「…………」
「…………」

 なぜか。

「…………」
「…………」

 魔法具が反応を示さない。

「…………」
「…………なんで、ここで魔法が失敗すんだよ!」

 廊下は輝かしい光で満たされていて、とても夜が訪れているなんて思えないほど眩しくて思わず目を細めてしまう。

「魔法とは、本来こういうものなんですよ」
「いや、だって、明かりが消せなかったら、俺の魔力は永遠に消費され続ける……」
「魔法具の力を借りているので、そんなすぐには死にませんよ」
「いつかは死ぬってことだろ!」

 こっちは命が懸かっているというのに、肝心の一緒に明かりを消そうと誘ってくれた本人は表情をぴくりとも動かさない。

「なんで、消えないんだよ……寝かせてくれよー……」
「そのうち消えます。だって、この世界で魔法を使えない人なんて存在しないんですから」

 伸ばした手が痺れだすのが先か、魔法が解除されて明かりが消えるのが先か。
 悩みは尽きない。

「こうなったら、本気で魔法学園目指そう……」
「魔法学園に通ったところで、今と大差なかったら悲しいですね」
「え、そういうもんなの!?」
「通ったことがないのでわかりません。わかっているのは、学費が馬鹿みたいに高いということだけです」

 魔法具に向けて伸ばしていた手を、ゆっくりと下ろす。

「どうかしましたか、なんとかさ……」
「いや、金持ちだけが通えるって話は聞いてたけど、そこは夢見たいって! 頑張れば学費を稼ぐことができるっていう前向きさを……」
「あ、消えました」

 光魔法を解除するというミネの魔法が発動したらしい。
 やっと何十個ある照明のうちのひとつが、明かりを失った。

「夢すら見れないくらい高いってことかー……」
「でも、決めたんですよね」

 人の名前を呼ぶ気がない奴の夢なんて忘れてくれてもいいのに、名前を呼んでもくれない俺の夢を応援しようと言葉をくれる。
 だから、言葉を返すことをやめたくないって思ってしまう。

「決めた。美味しい食事を提供するために、魔法学園に通ってやる! 下働きだろうとなんだろと、学費を稼いでやる!」

 夢が生まれた瞬間、こんなにも心臓の動きが忙しなくなるんだってことを初めて知った。

「それで、世界で一番有名な料理店を開業する!」

 実現するかも分からない夢の始まりだっていうのに、心の落ち着きがなくなっていくのが自分でも分かってしまう。
 夢が生まれる瞬間って、こんなにも心躍る気持ちになるんだってことを初めて知る。

「ふふっ、何百年かかるでしょうか」
「え、ちょっ、ま、何百年もかかるって……」

 またひとつ、明かりが消えていく。
 廊下の明かりを灯すのになんの苦労もなかったのに、消す作業が嫌なくらい地味で地道すぎて嫌になる。
 でも、この時間がかかる作業のおかげで、ミネと話す時間はもう少しだけ続きそうだ。

「頑張ってくださいね」

 ちょっと前まで、赤の他人だったミネに励まされていく。
 少し陰り始めた廊下で穏やかな笑みを浮かべるとか、彼女の一動作一動作に翻弄されてしまう。

「アルト……だって」

 自分は、なんてちょろい人間なんだと思わなくもない。
 ミネに感じる胸のときめきとか、これが恋なのかって錯覚してしまいそうになる自分は、前世であまりにも人間関係が乏しかったのだと思い知らされる。

(俺はただ、友達のいなかった人生に終止符を打ちたいだけ……)

 久しぶりに友達みたいな存在の人が現れて、それで感動しているだけにすぎないと自分に言い聞かせていく。

「そ……れは……」

 明かりが、またひとつ消える。

「まだ……早いかと……」

 ミネの表情を見たいときに限って、廊下はだんだんと光を失っていく。
 ミネが、どんな表情で言葉を発しているのか確認することができなくなっていく。

「初めて名前を呼ぶときは……と決めて……」
「やっぱり、また明かりをつける」
「え、なんで消したものを付けるんですか!」
「ミネの顔が見たいんだって!」

 前世で友達作りに失敗した俺に、いきなりこんな友情築き上げイベントのような素晴らしい展開がやってきた。

「な……そんな恥ずかしいことをおっしゃらないでください!」
「ミネの方が、さっきから恥ずかしいこと口にしてるって!」

 新しく始まる人生で、こんな展開が待っていることを一体誰が想像していただろうか。
 いや、風邪をこじらせて亡くなった俺には想像することすらできなかった。

「もう寝ます!」
「えっ、ちょっ! 明かりを消すの手伝って……」

魔法学園の学費まで  残り49,999,000マルネ
飲食店の開業資金まで 残り15,000,000マルネ