三月、受験戦争はなんとか終わりを告げ、春の陽気がそこらじゅうに立ち込めていた。

「わ、あった……! 受かった! やったー!」

 受験した東京の大学の合格発表を見に、綾人くんと一緒に東京を訪れていた。本当は一人で行くつもりだったのだが、綾人くんから「受かった時は一緒に喜びたいし、ダメだった時、一人だったら鈴ちゃんを抱きしめる人がいないじゃん」と彼らしい意見を頂戴して、結局二人でやってきた。

「おお、すごい! すごいよ鈴ちゃん! 頑張ったなー!」

 合格発表を見に来たたくさんの群衆の中に揉まれて、私たちは二人で抱き合った。良かった、本当に。彼にしょぼくれた姿を見せなくて済んで。

「よし、じゃあお祝いに今からディズニーランド行くよ!」

「え、今から?」

「当たり前じゃん。この時のためにもうチケット買っておいたから」

「ええ!? もしダメだったらどうするつもりだったの……?」

「その時は、“鈴ちゃんを最大限慰めようディズニーデート”に変わってた」

「ふふっ、なにそれ。本当は綾人くんがディズニーランド行きたいだけなんじゃない?」

「うう、バレたか……」

 大袈裟なリアクションをする彼がなんだか子供みたいで可愛らしい。でもディズニーランドのチケットまで取ってくれていた彼には、感謝したいと思う。

「んじゃ、早速行こうぜ! ミッキーマウスが俺らを待ってる!」

「はいはい」

 左手で綾人くんの手を握り、右手で白杖をついた私を、彼は気を遣ってゆっくり歩いてくれる。二人の足並みが揃って、春の陽気が一気に肺の中に流れ込んできた。
 ディズニーデートは、それはそれは幸せなひとときだった。

「実は私、ディズニー来るの初めてなんだよね」

「え、そうなの? じゃあ目一杯楽しめるじゃん」

「案内よろしく」

「任せろ〜」

 綾人くんが、夢の国で私の手を引いて、たくさんのアトラクションやショップに連れて行ってくれた。白杖を持っているのでずっと綾人くんの腕を握り、離れないようにした。二人でミッキーのカチューシャを付けて歩いていると、普通のカップルらしくて気分が上がる。アトラクションは長蛇の列だったので彼と会話をする時間も長かった。けれど、どんな時も待ち長くて苦痛だと思うことはない。綾人くんの隣にいるだけで、私は幸福な気分に包まれた。
 夕方まで遊び尽くして、夜ご飯の時間には園内から出た。またいつか、二人で行きたい。今日は突然だったけれど、次来る時は泊まりでもいいね、なんて言うと、綾人くんは顔を真っ赤に染めていた。

「今日は本当にありがとう。すっごく楽しかった」

「こちらこそ、ありがとう。あと大学合格おめでとう。心の底から、鈴ちゃんのことを尊敬してる」

 二人の地元までたどり着くと、駅前で私たちは手を振って別れた。
 彼と会えるのも、あと一週間ほど。
 後悔のないように、過ごしていきたい。

 三月二十日はチラチラと季節外れの雪が降っていた。飛行機が飛ぶか心配だったけれど、今のところ大丈夫だと綾人くんから連絡が来た。出発は午前十一時。空港に行くまでかなり距離があるので、朝起きてから私は急いで支度をしていた。

「伯母さん、綾人くんを見送りに行ってきます」

「そっか、今日だったわね。行ってらっしゃい。気をつけて」

「うん」

 綾人くんは叔父さんと二人で先に空港に向かっている。
 私は白杖を持つと、空港行きの電車に飛び乗った。
 電車に揺られている間、移り行く街の風景に降り注ぐ細やかな雪を眺めていた。
 思ったよりもスンと凪いだ気持ちでいる。綾人くんと別れることを、まだ実感できていないからかもしれない。でもそれ以上に、今日に至るまで彼と幸せな日々を過ごしたことが、理由の一つでもあると思った。
 この一週間、私は毎日綾人くんと会い、二人だけの時間を過ごした。
 季節外れの手持ち花火を一緒にしてみたり、公園でひたすら話しながら散歩をしたり。
 水族館と、動物園にも行った。一週間でこんなに遊び尽くせるとは思っていなかったので、心底驚いた。
 最後には街のストリートピアノでずっと練習していた『別れの曲』を披露する。
 綾人くんは、クライマックスの部分で涙を流していた。
 こんなにたくさんの思い出をそれぞれの胸に抱えているのだから、きっと大丈夫。
 空港に向かう私の心は不安ではなく自信に満ち溢れていた。