「鈴は覚えてないかもしれないけど、鈴が十歳の時、学校で友達に揶揄われて、それを私に話してくれたことがあったの。鈴は家であんまり学校のことを話す子じゃなかったから、その時すごくびっくりして。涙ながらに訴える鈴を見て、私、どうしたらいいか分からなかった。同時にすごく反省したの。鈴は私が有名女優であるばっかりに、学校で友達から嫌なことを言われてるんだと分かって」

 覚えている。小学生の時、「鈴ちゃんが羽島陽子の娘なわけない」と友達に言われ続けたこと。最初は我慢できたけれど、だんだん辛くなってお母さんに学校であったことぶちまけてしまったこと。その時の私の気持ちは、お母さんに不満を押し付けようとしていたのだ。お母さんのせいで、娘の私がこんなに苦労をしているって、訴えたかった。お母さんは悪くないのに、子供ながらに傷ついた心を、どうにか慰めようとしていた。

「その時にね、思ったのよ。私は色々と間違ってしまったんだなって。その時の私は鈴のことをちゃんと気にかけてあげられなかった。その結果、鈴が傷つくことになってしまって……。でも正直その頃仕事が立て込んでいて、これ以上鈴のことを細やかに気遣える余裕もなくて。だから、芽衣子にお願いしたの。しばらく鈴を預かってほしいって。本当に最低な母親だと思う。芽衣子にもお義兄さんにも、迷惑をかけると分かってお願いした。二人とも優しいから、私の無理難題を受け入れてくれたわね。本当は、もっと早く鈴を迎えにいくつもりだったの。でも鈴を預けたあと、すぐに病気が発覚してしまった」

 お母さんはそこで一度言葉を切る。

「病気……? もしかして、お母さんも網膜色素変性症なの?」

 お母さんがここに白杖をついて現れた時から、予想していたことだ。
 網膜色素変性症はほとんどの場合、遺伝が病気であることが多い。だったら、お母さんが網膜色素変性症である可能性はかなり高いと思った。

「ええ。もう、気づいているわよね。私も鈴と同じ網膜色素変性症なの。芽衣子から鈴も同じ病気を発症したって聞いた時は本当に驚いた。子供の頃から兆候があったそうね。どうして気づいてあげられなかったんだろうって、後悔したわ……」

 お母さんの両目から涙が滲み出る。
 私はやるせない気持ちが込み上げる。
 お母さんのことを、これまでずっと誤解していた。私を邪魔者だと思って吉田家に預けたんだって思い込んで。
 お母さんだって、本当は辛かったはずなのに。

「鈴、本当に、今までいろんなこと隠しててごめんなさい。一生許されないと思ってる。ううん。鈴が望むなら、今すぐ鈴の前から消える覚悟よ。でもお母さんは、これからも鈴のお母さんであり続ける。都合が良いって怒られちゃうかもしれないけれど、私にとって鈴はたった一人の可愛い娘だから」

「お母さん……私は」

 うっ、と喉から嗚咽が漏れて、言葉に詰まる。まだだ。まだここで終わらせちゃダメだ。今日を逃したら、もう二度とお母さんと分かり合えなくなるかもしれない。それだけは絶対に嫌だった。

「私は……私こそ、お母さんに親不孝なこと思ってた。お母さんは私を捨てたんだって思い込んで、お母さんの気持ちに気づかなかったから。連絡も私からしなかったし、接し方も分からなかった。本当に、今までごめんなさい。私はこれからも、お母さんの娘でいたいよ」

 両目からサアアっと流れる涙が頬を滑り落ちて病衣を濡らしていく。お母さんも、芽衣子伯母さんも、みんな目を真っ赤にしていた。お母さんがそっと立ち上がり、私を抱きしめる。久しぶりに触れた母の温もりに、長年をかけて凍っていた心がすっと溶けていくような気がした。

「もう、二人とも、私を置いて遠くへ行かないでよ」

 伯母さんが茶目っ気な声でそう言った。私もお母さんも、伯母さんを見て「ごめんなさい」と小さく謝る。その姿が似ていたからか、伯母さんはくすくす笑っていた。

「今日は突然だったけど、会えて良かった。また連絡するわね」

「うん、ありがとう」

 伯母さんとお母さんが椅子から立ち上がり、病室を後にする。誰もいなくなった空間のはずなのに、胸の中はまだジンとして熱い。ああ、これが幸せって感覚なのか。大切な家族に囲まれて、私はもう幸せ者だ。