「よお、鈴。大丈夫か?」

「圭!」

 圭がお見舞いに来てくれたのは、入院して二週間が経った頃だ。
 いつもと変わらず飄々とした佇まいだが、手にはしっかりとお見舞いの品が握られている。圭とこうして顔つき合わせるのもかなり久しぶりのことで、私は恥ずかしくて視線を逸らす。白杖を持ち始めてから、情けない姿を見られたくなくて、彼と会わないように逃げて来た。でも今、こうして逃げられない場所で対面することになってしまった。圭は伯母さんに私のことを聞いたんだろう。

「これ、あいつのケーキ屋で買って来た。一緒に食べようぜ」

「あいつ……?」

 不思議に思いながら彼が持って来たケーキの箱を見ると、なんとそこには『Perchoir』のロゴが刻まれていた。

「圭、Perchoirに行ったの? ていうか、もしかして綾人くんに会った?」

「ああ、そうだ。知らないと思うけど、俺とあいつ、ソウルメイトだから」

「は……ソウルメイト?」

 鼻の下を掻きながら照れ臭そうに言う圭が、私はおかしくて笑ってしまう。

「なんだよ、悪いかよ。あいつとソウルメイトで」

「いやいや、そうじゃなくて! びっくりしたー! 綾人くんと圭、気合わなそうって思ったから」

「んー、まあ、気は合わねえ。あいつのすました顔、嫌いだし? でもまあ、同じ女を好きなった者同士にしか、分からないこともあるんでね」

「ふうん。そっか〜」

 ケタケタ笑いながらも、心の中では嬉しくて仕方がなかった。
 圭と綾人くんがまさか友達になってくれるなんて。
 どちらも私にとって大切な人たちだから、私は誇らしかった。

「んでさ、このケーキ。あいつが作ったんだって。鈴のお見舞いに行くからおすすめのやつくれって言ったら、作ってくれたんだよ」

「え、そうなの?」

「ああ。俺もまだ見てないんだ。今から一緒に食べよう」

「うん!」

 圭が、ケーキの箱を丁寧に開けると、断面も上面にも美しいイチゴが並べられた豪華なショートケーキが二つ現れた。見た目だけで、まるでルビーみたいな輝きを放っている。狭まる視界の中でも、その華やかさは圧倒的でイチゴの甘酸っぱい香りもあり、ごくりと唾を飲み込んだ。

「すごく綺麗……」

「ああ、すげえな! なんか普通のショートケーキとは違う気がする」

「これ、なんだろう? メッセージカード?」

 ケーキの下から出てきたカードに、手書きのメッセージが綴られていて私の心臓が鳴った。

『鈴ちゃん、入院生活お疲れ様。長らくお見舞いに行けなくて本当にごめんね。お詫びじゃないんだけど、この“フレジェ”を贈ります。フランスさんのイチゴをふんだんに使いました。少しでも幸せな気持ちになってくれますように。また会える日を楽しみにしてます』

 とてもシンプルなメッセージだった。
 でも、一緒に添えられたたっぷりのイチゴのフレジェを目の前にした私は、彼の愛の深さを肌で感じていた。たぶん、綾人くんは綾人くんなりに、私を励まそうとしてくれているのだろう。仕事が忙しい中、彼らしい方法で勇気づけてくれた。その気持ちがとても嬉しかった。

「いただきますっ」

 圭と二人で手を合わせて、綾人くんが作ったフレジェを齧る。口いっぱいに広がる甘酸っぱさが、入院生活で枯れかけていた心に水を垂らしてくれた。

「めちゃくちゃ美味いな」

「うん! 美味しい!」

 圭も私も、あまりの美味しさに表情がとろけていた。圭が甘いものを食べて感動しているとろを見るのは初めてで、恋する乙女のような表情を浮かべる彼を見て、思わず笑ってしまう。

「何笑ってんだよ」

「いや、圭もケーキ食べてそんな顔するんだなって思って」

「失礼なやつ。俺は美味しいものには素直に美味しいと言うよ」

「そっか、そうだね。圭は世界一素直なやつだもんね」

 圭の頭をよしよしと撫でると、彼は「やめろよ」と言って顔を赤くした。
 こんなふうに私を励ましに来てくれる圭だが、彼が私にくれた想いは決して忘れない。
 たった一人の幼馴染の圭は、私がどれだけドジをしようと、不細工だろうと、変わらずに友達でいてくれた。
 これからも圭と、こうして冗談を言い合いながら大人になりたい。

「圭、ありがとうね」

 不意打ちすぎたのか、圭はゴホゴホと咳をして、恥ずかしそうに頬を染めた。
 いじっぱりで素直じゃないやつ。
 だけど、本当は人一倍素直で、私にまっすぐ向かって来てくれる人。
 私は十八年の人生の中で圭と出会えたことを誇りに思っている。