ずっと、自分が自分でないような居心地の悪さがまとわりついていた。
 白杖を使っていることが学校の友達にバレないように、裏道を通って登下校をしていたけれど、きっと誰かに気づかれている。圭は気を遣っているのか、学校で私を見かけても何も言わないけれど、私が何かに悩んでいることは、すぐに分かっただろう。
 圭に頼る資格はない。勇気を出して私に告白をしてくれて、そんな彼を、私は受け入れなかったのだから。私は私自身の足で、歩いていくしかないのだ。
 学校の中ではさすがに白杖を使うのが憚られて、身一つで歩いた。教室を移動する時は廊下の壁を伝い、階段では必ず手すりを持った。それでもすれ違う人にぶつかったり、階段で足を踏み外しそうになったりする。毎日冷や汗が止まらなくて、生きた心地がしなかった。
 白杖を使い始めて二週間、私の心はすっかり折れかけていた。
 あんなに練習を頑張ろうと思っていたピアノでさえ手がつけられない。もちろん、ライティングのバイトも受注が滞っている。今は何を書いても、暗い言葉しか出てきそうになかった。
 十一月一日、木枯らしが足元の落ち葉を巻き上げた日、私はついに、学校に行くことができなかった。

「伯母さん、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 学校に行かないことを伯母さんに隠して外の世界に繰り出す。肌寒い朝のひんやりとした外気が顔面を覆い尽くす。トレンチコートを着て白杖を持った私は、学校とは反対方向に進む電車に乗った。光が丘高校の生徒に会わないように、常に下を向き、視線を伏せている。

「おい、前見ろよ」

「すみません……」

 駅で人とぶつかるのはもう慣れっこで、文句を言ってきた男性に自然と頭を下げる。私はこれからどこに行こうとしているんだろう
か? ふわふわとした足取りで、目的もなく歩く。
 ちょっと前にスマホの電話を解約した。
 圭や……綾人くんが私を心配して電話をかけてきたら、なんと言い訳すればいいかわからない。今は誰とも話したくないという気持ちもあった。
 綾人くん。
 三ヶ月前から綾人くんとは交流が途切れたまま。いま、彼は何をしているんだろう? 
 私のことなんか忘れて、夢に向かって修行に励んでいるのかな。
 そうだといいな。
 そうだったら、いい。