吉田家の玄関の前で踵を返した俺は、早速鈴ちゃんの行きそうな場所を考えながら歩く。足は自然と駅の方へと向かっていた。途中、スマホで鈴ちゃんに送ったメッセージを確認するも、見事に未読状態のままだ。

「鈴ちゃん」

 俺の声は、静かな夜を迎えようとしている住宅街に、やけに大きく響き渡る。鈴ちゃん。きみは一体今、どこにいる? どこで何を考えてる?
 歩きながら、ふとどうしようもないほどの不安に駆られた。
 俺は鈴ちゃんのことを、ちゃんと見つけられるのだろうか?
 伯母さんの前では強気の発言をしたものの、鈴ちゃんの姿を最後に目にしたのは夏の花火大会の日だ。その後、鈴ちゃんのことが見えなくなって、彼女と会うことを避けて。たとえ今目の前に彼女が現れても、やっぱり見えないままなんじゃないか——……。

「……っ」

 襲いくる不安の波を打ち消すように、俺は住宅街の中を駆ける。
 違う。俺はあの時とはもう違う。花蓮への未練を、心の底から昇華することができたんだ。赤城圭や、牧野さんが、俺に必死に伝えてくれたことを思い出す。諦めるな。逃げるな。目の前の大切な人から、目を逸らすな。

「鈴ちゃん!」

 電車に乗って、一駅ごとに降りて彼女が行きそうな場所を巡る。『Perchoir』の前には誰もいなかった。
 二人で勉強した図書館。初めて二人で馬鹿みたいに歌いまくったカラオケ。忘れもしない花火大会が行われた南大池公園。手作りのウィークエンド・シトロンを溶ろけそうな表情で頬張ってくれた泉の森公園。
 二人で行った場所を巡るうちに、彼女と過ごした短い時間の中で、こんなにもたくさんの思い出をつくっていたんだと実感して、泣きそうになった。

「鈴ちゃん、どこにいる?」

 肩で息をしながら、疲れた足を何度もさする。近くの自販機で水を買って飲み干す。もし、今まで探した場所の中に本当は鈴ちゃんがいたら——と思うと、背中に冷や汗が伝った。
 鈴ちゃん、きみはこんな不安を抱えていたんだね……。
 いつか光を失ってしまうかもしれないということが、こんなにも心を弱くする。俺は、鈴ちゃんの苦しみに寄り添えていたかな。

「鈴ちゃん、ごめん。ごめんね……」

 俺にはきみを見つけることはできないのかな。
 俺は鈴ちゃんの光になるって決めたのに。
 空になったペットボトルをゴミ箱に捨てると、カランという軽い音が静寂の中に響き渡った。空を見上げるとまんまるの月がそこに浮かんでいる。月のすぐそばの空はとても明るく輝いていて、月が、こんなに多くの光を放っていることを初めて知った。
 鈴ちゃんはよく俺のことを太陽みたいな人だと言っていたけれど、俺は太陽なんかじゃないよ。
 俺は月になりたい。
 鈴ちゃんの周りだけを明るく照らしてまっすぐに俺の元へと導く、たった一つの月に。

「月は、きみを照らすから……」

 疲労が蓄積した足を、なんとか一歩前へと踏み出す。
 まだだ。まだ諦めたくない。鈴ちゃんを絶対に伯母さんの元へと送り返すって、約束したんだ。
 たとえきみの瞳から、たくさんの光が失われても。
 俺がたった一つの光をあげるから。
 ふたりでひとつだけの光だ。