手紙に綴られた見覚えのある文字は、俺の目を突き抜けていくんじゃないかというくらい、強く迫って見えた。
 花蓮だ。
 紛れもない花蓮の言葉が、たった一人、俺に向けられた言葉が、便箋の上で涙に滲む。

「なんだよこれ……」

 俺は手の中にある三枚の便箋をぎゅっと握りしめる。便箋がくしゃりと歪み、彼女の書いた文字が押しつぶされた。

「こんなの、聞いてない……花蓮が、こんな手紙を用意してたなんてっ」

 頬を伝う涙は、事故直後、花蓮のために流せなかったたくさんの後悔を乗せて、手紙の上に滴り落ちる。
 修学旅行の前日に、喧嘩をしてしまった彼女は、そのすぐ後に、こんなに愛に溢れた手紙を書いてくれていた。旅行が終わったらきっと彼女から渡される予定だった手紙。その時俺は、手紙を読んで花蓮のことを抱きしめただろう。

「素直に話聞いてやれなくてごめんな」って、言ってあげられた。
 花蓮が生きていれば、俺は——。

「……辛い、よね?」

 息を潜めるようにして俺が手紙を読むのを待っていた牧野さんが、遠慮がちに問いかける。

「……ああ」

「ごめん。辛いのは分かってたんだけど、どうしても中原くんに花蓮の気持ちを届けたかったの。自分勝手で、本当にごめんね」

 うぅ、という嗚咽が聞こえてきて、俺はびっくりして彼女の方を見やる。
 牧野さんは、両手のひらで顔を覆って、次の瞬間には「うわああああん!」と大声を上げて泣き始めた。その苦しそうな雄叫びに、俺は身体がぎゅうっと押しつぶされるような心地がした。
 ……そうだ。辛いのは、きっと俺だけじゃない。
 花蓮といちばん仲が良かった彼女も、花蓮の家族も、同じ辛さを抱えて生きているんだ。それなのに俺は、自分だけが花蓮のことで心に葛藤を抱えたままだって思い込んでいた。みんな、辛いのは一緒なのに。俺だけが目の前の感情から逃げて、鈴ちゃんまで傷つけている。

「……牧野は、謝らなくていい。むしろ謝らないといけないのは俺の方だ。花蓮を……守れたのは俺だけだったのに……。辛い思いさ
せて本当にごめん。それからこの手紙、俺に届けてくれてありがとう」

 俺は彼女に感謝している。だって、彼女がいなければ花蓮の、亡くなる前の気持ちを知ることができなかったから。いつも、どんな時でも俺を愛してくれていたことを、俺は知らないままトラウマと立ち向かうことができなかっただろう。
 だから彼女には精一杯のありがとうを伝えたい。

「中原くん……。私のこと、最低だって思わない……?」

 潤んだ瞳を俺に向ける牧野さんは、今は亡き親友の面影を、俺の中に探しているのかもしれない。

「当たり前だろ。むしろ、これまで手紙を大切にとっておいてくれてありがとう。俺、頑張って前に進もうと思えた」
 
 ——もし私がいなくなったら、綾人は綾人の道を歩いて行って。他に好きな人ができても、私が特別に許可してあげる!

 花蓮が書いてくれた精一杯の強がりが、俺の胸にジンと響く。
 花蓮は、人生はいつ何が起こるか分からないから、目の前の大切な人をとことん大切にしたい。やりたいことをやりたいと、いつも話していた。この手紙を書いた時だって、自分が死ぬって分かっていたわけじゃない。でも、いつどんな理由で俺たちの仲が引き裂かれるか分からないから、こうして俺に救いの言葉を残してくれたんだ。
 まったく、きみには敵わないよ。
 花蓮、俺さ、今大切な人ができたんだ。
 花蓮のことは多分一生忘れない。でも今は、その人の隣にいるために、乗り越えたいことがある。だから、そっちで見ててくれる? 花蓮が見守ってくれてるって思えば、逃げずに彼女と向き合える気がするから——。
 牧野さんは、もう何も言葉を発さない。ただ黙って胸の奥で決意を秘める俺を、泣きながら見つめていた。俺は彼女に深く頭を下げて、牧野家を後にした。