見覚えのある封筒だった。
 花蓮が、俺の誕生日や二人の交際記念日に、よく俺に贈ってくれた手紙。二羽の青い鳥がお互いの嘴をくっつけあっていて、まるで自分たちみたいだねって笑う花蓮を、全力で抱きしめたくなった。

「これ、花蓮の手紙、だよな?」

「ええ。花蓮が、修学旅行の一日目に、『旅行が終わったら彼に渡そうと思って』って私に打ち明けてくれたものなの」

「修学旅行の後に? 俺たち、前日に喧嘩してたのに」

 今でも思い出すたびに、罪悪感で身体が動かなくなる。花蓮と幸せな思い出をつくるはずだった修学旅行が、前日の喧嘩のせいで台無しになってしまった。それだけじゃなくて、彼女はそこで命を——。

「喧嘩のこと、花蓮から聞いたわ。花蓮はね、行きの飛行機の中で、中原くんに謝りたい。仲直りしたいってずっと言ってた。周りは修学旅行の話題で持ちきりなのに、花蓮だけはずっと中原くんのことを話してて。それだけ、あなたのことを心から好きなんだって、実感した。旅行が終わったらこの手紙を渡そうと思うんだけど、どう思う? って私に聞くの。私は、『花蓮が大好きな人なら、きっと気持ち伝わるよ』って言った。正直中原くんのことはよく知らなかったけれど、あなたが花蓮をどれだけ大切にしていたかは、日々の花蓮の話を聞いて伝わっていたから」

「花蓮が、飛行機の中でそんなことを……?」

 牧野さんから話を聞くまで、花蓮の気持ちを全然知らなかった。俺は、せっかくの修学旅行がもやもやとした気持ちで始まってしまったことを残念に思っていただけだ。でも花蓮は、俺と仲直りしたいって、手紙まで用意していたなんて……。

「うん。私も花蓮にはずっと笑っていて欲しかったから、中原くんがこの手紙さえ読んでくれれば、きっと二人は仲直りできるはずだって思った。……でも、あんなことが起きてしまって……。私は気が動転して、どうにかなりそうだった。あの日、花蓮が逝ってしまった日——ものすごい騒動になっている中で、同じ部屋だった花蓮の鞄から、私はこの手紙を抜いたの。警察とか別の第三者に、手紙を見られたくなかった。だってこれは、花蓮が大好きだったあなたに贈った、たった一つの大事な手紙だから」

 苦しそうに言葉を絞り出す牧野さんが、青い鳥の手紙を俺の手に握らせる。俺は、呆然とした心地のまま、ゆっくりと手紙を開いた。中から出てきた三枚の便箋に、懐かしい彼女の文字がずらりと並んでいた。

「今、読んでいい?」

「ええ、もちろん」

 彼女が頷くと同時に、俺は花蓮からの手紙の文字を目で追い始めた。


『綾人へ
 今、深夜三時。ずっと眠れなくて、部屋でお香を焚きながらこの手紙を書いています。今夜の私は、ちょっといろんなことに敏感になってて、綾人に不快な思いをさせてしまったことを、謝ろうと思って。
 進路の相談をした時、綾人がちょっと面倒くさそうな顔をしているのを感じて、私は胸が締め付けられたんだ。私ってさ、あんまり相手の状況とか考えずに、自分の言いたいことばかり話しちゃうことがあるから。ああ、今回も綾人のことを何も考えずに、自分の悩み相談を押し付けちゃったって、後悔したの。
 進路についての相談自体は悩んでいたことだけど、綾人がしんどい思いをするくらいなら、別の人に相談するから大丈夫だよって言いたくて……。じゃあなんで今日相談してきたんだよって思うかもしれないね。私、大事なことは真っ先に綾人に伝えたくなるから。だから今回も、綾人に一番に相談したかった。でも、綾人の気持ちを考えてなくて、一方的な押し付けになっちゃって……大事な修学旅行の前日に、喧嘩することになって本当にごめんなさい。
 私が小さなことですぐに怒ったり、泣いたりしてしまうのは、それだけ綾人のことが好きだからです。
 だからね、旅行中にできたら仲直りしたいし、それが難しくても旅行から帰って来たら絶対に先に謝ろうって決めたの! 
 綾人、昨日は私の身勝手な相談を押し付けて、綾人に嫌な思いさせてごめんね。
 たとえ綾人に怒ることがあっても、これだけは忘れないでほしい。
 私は綾人のことずっとずっと大好き。
 死ぬまで、いや死んでも綾人のことが好き。
 でもね、もし、もし……だよ?
 私が何か、突然の事故や病気で死んでしまったとするじゃん。あ、これは本当にただの妄想だからね。本当にそうなるっていうことじゃなくて、仮の話ね。
 その時は、私のこと一生好きでいないでいいから。
 忘れてくれとは言わない。ううん、できればずっと覚えていてほしい。でも、もし私がいなくなったら、綾人は綾人の道を歩いて行って。他に好きな人ができても、私が特別に許可してあげる! へへん、それぐらい私の愛は深いってこと。
 願わくば、綾人と一緒に、これからも同じ道を歩んでいけますように。
 綾人の幸せを一番に願う、花蓮より』