高校二年生の春まで通っていた私立一宮高校に着いた時、時刻は午後五時を回っていた。ちょうど、三年生の授業が終わるぐらいの時間だ。俺は校門の前で、出てくる生徒を眺めながら、その人が来るのを待った。
昨日、赤城圭が店の前にやって来て、鈴ちゃんのことでようやく目が覚めた。彼が全身全霊をかけて伝えてくれた鈴ちゃんへの想いが、今日の俺をこうして過去と向き合わせようとしている。初めて会った時はいけすかないやつだと思ったけど、鈴ちゃんが長年彼と友達でいる理由がよく分かった。
店長に一日休みをもらって、一宮高校までやって来たのは、自分の中にある迷いを断ち切るためだ。
……花蓮。
俺は今でも、花蓮のことを思うとどうしようもなく胸が疼く。できるなら過去に戻って、彼女の命を救いたいと何度も願った。でも、そんなことはできないから。俺が生きているのは今だから。後悔ばかりの時間を、前に進めようと思った。
次々と校門から出てくる生徒を見ながら、目的の人物がいないか探し続ける。二十分ほど経った頃、ようやく懐かしい顔が現れた。
「牧野さん」
俺が彼女の名前を呼ぶと、彼女——牧野美羽は長い髪をさっと靡かせて、俺の方にはたと顔を向けた。
「中原くん……?」
俺を見つけた制服の彼女が、何度も目を瞬かせる。まるで幽霊でも見つけたかのような驚きように、俺は思わず苦笑した。
「お久しぶり。ちょっと、聞きたいことがあって、牧野さんを探してた。今日が無理なら後日でもいい。俺の話を、聞いてもらえないだろうか」
単刀直入に要件を伝えると、牧野さんは少し迷う素ぶりをして、こくんと頷いた。
「今日でいいよ。このあと塾もないから」
「ありがとう」
突然の俺の頼みに、快諾してくれた彼女に感謝しながら、隣に並ぶ。
「聞きたいことって、花蓮のことだよね」
「そう。だから、ゆっくり話せるところがいいなって思って」
「それなら、うちに来て。渡したいものがあるから」
まるで俺が今日会いに来るのを知っていたかのような段取りの良さに、俺は驚きを隠せない。
「家って、いいの? 急のことなのに」
「うん。中原くんにはいつか、話さなくちゃいけないって思ってたから……」
牧野美羽は、花蓮が生前一番仲良くしていた女の子だ。
花火大会の日にばったり出会った岡本や松下は、花蓮の本当の友達ではなかった。彼女たちはクラスのカースト上位に君臨し、クラスの人間関係を操ろうそしていた人たちだ。
牧野さんに連れられて、懐かしい高校からの帰り道を歩く。緊張しているのか、彼女は終始無言だった。俺も、久しぶりに会う元クラスメイトにどんな話をしたらいいのか分からず、柄にもなく黙りこくっていた。
電車を二駅乗り継いで、彼女の自宅の最寄駅に到着する。
花蓮も、彼女の家にはよく遊びに行っていたらしい。俺は、花蓮が一度は通った道をゆっくりと踏みしめながら牧野さんの自宅へと到着した。ひっそりとした住宅街に佇む一軒の白い壁の家だった。
「いまちょうど親もいないから。上がって」
「お邪魔します」
玄関で靴を脱ぎ、牧野さんの家に上がる。突然やってきたのに、リビングも廊下も整理整頓されていて綺麗だった。
「私の部屋は二階だから、上に行こう」
彼女に促されるがままに、二階の部屋へと上がる。他の部屋と同じように、彼女の部屋もまたすっきりと片付いていた。台所から彼女がお茶を持ってきてくれて、突然なのに悪いと思いつつもお茶をいただいく。
「本当に、突然押しかけてごめん。どうしても、花蓮のことで聞きたいことがある」
「うん、分かるよ」
どうしてだろう。牧野さんにはまだ何も話の内容を伝えていないというのに、俺の心のうちを見透かされているような気がする。
「実はね、もうちょっと待っても中原くんが訪ねて来なかったら、私の方から連絡しようと思ってたの」
「え?」
「中原くんの心の整理がついたら、話したいことがあった。これまであなたに連絡しなかったのは、私なりの気遣い」
「そっか。気を遣わせてごめん」
「あ、いや、謝ってほしいわけじゃなくて。心配してたんだ。中原くんのこと」
彼女は伏し目がちにひっそりと呟いた。
心配してた。
俺は正直、花蓮と彼女が仲良くしていなければ、彼女と関わりを持つこともなかったと思う。どちらかと言えばクラスでは大人しいタイプで、真面目な学級委員長キャラだった牧野さんが、俺のことを気に入ってくれるとは思わなかったから。
でも、そんな彼女が、俺のことをずっと心配してくれていたという。
その優しい心遣いに、ざわついていた心が少しずつ凪いでいくような心地がした。
「中原くん、花蓮が亡くなってから、あなたに話したかったことがある。見てほしいものがあるの」
牧野さんは立ち上がって、机の上の小さな棚から、一枚の封筒を取り出した。可愛らしい青い鳥のイラストが書かれてあって、見た瞬間、どくんと心臓が跳ねた。
昨日、赤城圭が店の前にやって来て、鈴ちゃんのことでようやく目が覚めた。彼が全身全霊をかけて伝えてくれた鈴ちゃんへの想いが、今日の俺をこうして過去と向き合わせようとしている。初めて会った時はいけすかないやつだと思ったけど、鈴ちゃんが長年彼と友達でいる理由がよく分かった。
店長に一日休みをもらって、一宮高校までやって来たのは、自分の中にある迷いを断ち切るためだ。
……花蓮。
俺は今でも、花蓮のことを思うとどうしようもなく胸が疼く。できるなら過去に戻って、彼女の命を救いたいと何度も願った。でも、そんなことはできないから。俺が生きているのは今だから。後悔ばかりの時間を、前に進めようと思った。
次々と校門から出てくる生徒を見ながら、目的の人物がいないか探し続ける。二十分ほど経った頃、ようやく懐かしい顔が現れた。
「牧野さん」
俺が彼女の名前を呼ぶと、彼女——牧野美羽は長い髪をさっと靡かせて、俺の方にはたと顔を向けた。
「中原くん……?」
俺を見つけた制服の彼女が、何度も目を瞬かせる。まるで幽霊でも見つけたかのような驚きように、俺は思わず苦笑した。
「お久しぶり。ちょっと、聞きたいことがあって、牧野さんを探してた。今日が無理なら後日でもいい。俺の話を、聞いてもらえないだろうか」
単刀直入に要件を伝えると、牧野さんは少し迷う素ぶりをして、こくんと頷いた。
「今日でいいよ。このあと塾もないから」
「ありがとう」
突然の俺の頼みに、快諾してくれた彼女に感謝しながら、隣に並ぶ。
「聞きたいことって、花蓮のことだよね」
「そう。だから、ゆっくり話せるところがいいなって思って」
「それなら、うちに来て。渡したいものがあるから」
まるで俺が今日会いに来るのを知っていたかのような段取りの良さに、俺は驚きを隠せない。
「家って、いいの? 急のことなのに」
「うん。中原くんにはいつか、話さなくちゃいけないって思ってたから……」
牧野美羽は、花蓮が生前一番仲良くしていた女の子だ。
花火大会の日にばったり出会った岡本や松下は、花蓮の本当の友達ではなかった。彼女たちはクラスのカースト上位に君臨し、クラスの人間関係を操ろうそしていた人たちだ。
牧野さんに連れられて、懐かしい高校からの帰り道を歩く。緊張しているのか、彼女は終始無言だった。俺も、久しぶりに会う元クラスメイトにどんな話をしたらいいのか分からず、柄にもなく黙りこくっていた。
電車を二駅乗り継いで、彼女の自宅の最寄駅に到着する。
花蓮も、彼女の家にはよく遊びに行っていたらしい。俺は、花蓮が一度は通った道をゆっくりと踏みしめながら牧野さんの自宅へと到着した。ひっそりとした住宅街に佇む一軒の白い壁の家だった。
「いまちょうど親もいないから。上がって」
「お邪魔します」
玄関で靴を脱ぎ、牧野さんの家に上がる。突然やってきたのに、リビングも廊下も整理整頓されていて綺麗だった。
「私の部屋は二階だから、上に行こう」
彼女に促されるがままに、二階の部屋へと上がる。他の部屋と同じように、彼女の部屋もまたすっきりと片付いていた。台所から彼女がお茶を持ってきてくれて、突然なのに悪いと思いつつもお茶をいただいく。
「本当に、突然押しかけてごめん。どうしても、花蓮のことで聞きたいことがある」
「うん、分かるよ」
どうしてだろう。牧野さんにはまだ何も話の内容を伝えていないというのに、俺の心のうちを見透かされているような気がする。
「実はね、もうちょっと待っても中原くんが訪ねて来なかったら、私の方から連絡しようと思ってたの」
「え?」
「中原くんの心の整理がついたら、話したいことがあった。これまであなたに連絡しなかったのは、私なりの気遣い」
「そっか。気を遣わせてごめん」
「あ、いや、謝ってほしいわけじゃなくて。心配してたんだ。中原くんのこと」
彼女は伏し目がちにひっそりと呟いた。
心配してた。
俺は正直、花蓮と彼女が仲良くしていなければ、彼女と関わりを持つこともなかったと思う。どちらかと言えばクラスでは大人しいタイプで、真面目な学級委員長キャラだった牧野さんが、俺のことを気に入ってくれるとは思わなかったから。
でも、そんな彼女が、俺のことをずっと心配してくれていたという。
その優しい心遣いに、ざわついていた心が少しずつ凪いでいくような心地がした。
「中原くん、花蓮が亡くなってから、あなたに話したかったことがある。見てほしいものがあるの」
牧野さんは立ち上がって、机の上の小さな棚から、一枚の封筒を取り出した。可愛らしい青い鳥のイラストが書かれてあって、見た瞬間、どくんと心臓が跳ねた。