「圭、ありがとう。すごく嬉しい。圭の気持ち、まっすぐに胸に届いた」

 圭の眉がぴくりと動き、半分俯きかけていた顔を持ち上げる。トンネルの中から、希望の光が見えたかのように、瞳に滲む少しの期待が、美しいと思った。

「でも……ごめん。私、やっぱり綾人くんが好きなの。どうしようもないくらい。綾人くんは、私に希望の光を見せてくれるから。だから……彼が私を見失っても、私が彼を探す。まだ私は完全に光を失ってないから、きっと彼を見つけられるって、今気づいたの」

「鈴……」

 期待から落胆へと変わっていく圭の顔を見るのが、正直辛かった。
 でも、ここで本心をひた隠しにすれば、余計に圭を傷つけてしまう。まっすぐに私への想いをぶつけてくれたからこそ、正面から伝えなければいけないと思った。

「圭、好きって言ってくれて、本当にありがとう。気づかせてくれてありがとう。私は彼を支えるって決めた。彼に堂々と会いに行けるように、大好きなピアノを頑張って、夢を見つける。それでまた、彼の視界に、入れたら嬉しい」

 現状は何一つ変わっていない。
 今でも綾人くんは、私の姿を認めることができないんだろう。
 そんな絶望的な現実に、私自身打ちひしがれて、ずっと殻に閉じこもっていた。でも、そんな私の殻を破いてくれたのが圭だ。このまま、綾人くんと向き合うことから逃げたくない。

「……そっか。あいつのこと、本気で好きなんだな。じゃあ、俺が出る幕はないな」

 泣き笑いのような口調でさらりとそう言ってのける圭の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。私は、胸に残る痛みを真正面から受け止める。圭はきっと、もっと痛い。だから今ここで、私が泣いたらダメだ。

「鈴、頑張れ。俺はいつどんな時でも、お前の味方だよ。そんで、もしあいつのこと嫌になったら、また戻ってこいよ!」

 冗談みたいに笑い飛ばして「じゃあな」と手を挙げて走り去っていく圭。遠くなっていく彼の背中を見ながら、「ありがとう」と心の中で何度も呟いた。
 圭、本当にありがとう。
 傷つけてごめんね。
 でも私、諦めないから。
 わがままかもしれないけど、見守ってくれたら嬉しい。
 窓の外で、ツクツクボウシが鳴いている声が耳に響く。今までもずっと鳴いていたはずなのに聞こえていなかったのは、圭と真剣に気持ちをぶつけ合っていたからだろう。
 綾人くん、私、あなたに会いたい。
 どうやったら会える?
 どうやったらまた幸せな恋人同士に戻れる?
 綾人くん……。
 今ここにいない彼を思いながら、廊下の端まで歩く。彼は今、これまでどおりお店で夢に向かって修行に励んでいるのだろうか。私のことを忘れて一直線に——。
 ただでさえ狭い視界の端が、涙でどんどん滲んでもっと狭くなっていく。階段で転げ落ちそうになりながら、一気に一階まで降りる。
 諦めるな、私。
 絶対に綾人くんに、もう一度会いにいく。
 そのために、今できる私のすべてをぶつけよう。
 真昼間の太陽の下、彼と再びつながるために、胸に決意を秘めて、駅までの道を走った。