翌日、学校で夏期講習の授業を受けた後、圭が私の教室までやってきた。

「鈴、ちょっと話がある」

 目が合った途端、真剣な声とまなざしで私をじっと見つめてくる圭。教室では話しにくいと思い、四階の特別教室前の廊下まで二人で歩いた。ここなら、放課後はほとんど生徒が通らないからちょうど良い。

「圭、どうしたの」

 いつになく固くなっている圭の姿を見て、圭が何を言おうとしているのか、大体想像はついた。でも、あくまで私は圭の口から話の核心について聞きたかった。

「今朝、あいつと話したんだ。ケーキ屋の前で」

「え?」

 あいつ。圭がそう呼んだ人が、誰のことなのかすぐに分かった。以前、圭に『Perchoir』のことを話したことがあった。

「わざわざ、『Perchoir』まで行ったの?」

「ああ。そうじゃないと、あいつの顔を見られないと思って」

「……」

 圭は、綾人くんに会いに行ったんだ……。
 私がこの二週間、会いたくても会えない彼に。でもどうしてそんなこと。

「どうしてって、思うだろ? そりゃ、昨日あんなふうに電話で泣かれたらほっとけないだろ」

「……」

 圭の痛いくらいの優しさと思いやりが、私の胸をずきんと締め付ける。どうして圭は、そこまでして私のことを——。

「あいつのこと見損なったよ。鈴が泣いてるって伝えても、無反応だった。自分と鈴の間にはなにも問題なんて起きてないって様子で、ひたすら無視して。だから言ってやったんだ。俺の方が鈴を幸せにできるって。あいつは、好きにしたらいいって言った」

 暴力的なまでに吐き出される圭の言葉を、私はただ茫然と聞いていた。
 綾人くんが、圭に私のことで「好きにしたらいい」と言ったこと。
 信じられない。でも、彼が今どれだけ心に葛藤を抱えているかを思えば、彼を責めることはできない。

「……だから、だからさ。俺、もう言っちまおうと思って。俺は、お前のことが好きだ。もう何年前からか分からない。小さい頃からずっとそばにいて、気づいたら好きになってた。お前と離れてた時期もあったけど、毎日会いたくて仕方がなかった。頑張って光が丘高校に合格して、またそばにいられるんだって、すげー嬉しくて。でも、俺には鈴に告白する勇気がなかった。ずっと友達だと思ってたやつから、急に好きだって言われても、鈴を混乱させちまう。最悪、友達にすら戻れなくなるかもしれないって思ったら、怖かったんだ。でも、綾人ってやつに鈴を取られてから、やっと気づいたんだ。もう誰にも、鈴のこと渡したくないって」

 ずぶり、ずぶり、と圭の口から溢れる想いを聞く度に、心臓を刃物で抉られるほどの痛みが襲いかかる。なに、これ。なんなの、どうしてこんなに痛いの……。
 圭の気持ちにはなんとなく気づいていたし、それほど自分を好きでいたくれたことはとても嬉しい。もし私が、圭と同じ気持ちであったなら、今この場で人目も憚らずに彼を抱きしめているに違いない。
 でも、そうか。
 私は、この告白を痛いと思ってしまうくらい、今ここにいない彼のことが好きなんだ……。
 圭の胸に飛び込むのは簡単だ。でも、心がそれを許さない。圭に告白されてようやく気づくなんて、私は本当に馬鹿だ——。
 四階の廊下の窓から、一陣の風が吹き付ける。私の顔が、髪の毛で覆われて、一瞬視界が遮られた。髪の毛がこそばゆくて、きゅっと目を瞑る。次にゆっくりと瞼を上げた時、縮む視界の中で切り取られた圭の緊張した面持ちが、すっと目に飛び込んできた。
 圭はずっと変わらない。 
 変わらずにそばにいてくれるね。
 私はそんな圭がいたから、あの人に恋ができたのかもしれない。