自分の身に、信じられないほどショックなことが起こった時、人はその出来事を忘れようとするらしい。忘れることで、悲しみから逃れられるように。
 一年と少し前、花蓮を失った俺も、まさにそんな状態だった。
 中学二年生から四年間、花蓮だけを見て生きてきた。花蓮はとびきりの美人だったけれど控えめで、自分に自信が持てない女の子だった。
 そんな花蓮に、蜜を吸う蜂のように惹かれていった俺は、花蓮のことを絶対に手放さないと心に誓っていた。花蓮も、毎日愛情をたっぷり表す俺を好きでいてくれて、相思相愛って言葉がこれほど似合うカップルは他にいないよなって、友達からは羨ましがられていた。
 俺たちは心の底から惹かれ合い、愛し合っていた。 
 子供の恋だと笑う人もいるかもしれない。でも俺は、天に誓ってはっきりと言える。花蓮との恋は、正真正銘本気の恋だった。

 花蓮が亡くなったのは、高校二年生の春、北海道での修学旅行の時だ。
 今でも思い出すたびに心臓が刃物で刺されるみたいに、鋭い痛みを覚える。
 あの日、修学旅行で泊まっていたホテルは、森林に囲まれた場所に切り取られた洋館のようなホテルだった。毎日予約客が殺到するほど人気のホテルで、子供の俺たちにも、そのホテルがいかに格式高いホテルであるか分かるくらい、外観も内装も食事も完璧だった。
 森林に囲まれていたとはいえ、雪の降る季節だったので、草木はまだ葉をつけていない時期。木々は皆枝だけになっており、地面には雪が降り積もっていた。普段、雪の積もらない街中で生活している俺たちにとっては、とても新鮮で、みんな外で雪遊びをしてはしゃいでいた。
 恋人と修学旅行で泊まる場所にしてはあまりにもロマンチックで、俺たち以外のカップルたちは、夜に部屋からこっそり抜け出して雪景色の中、語り合っていた。俺も、花蓮とそうしたかったのだけれど、俺たちに思わぬ災難が降りかかった。
 喧嘩をしたのだ。
 修学旅行に行く前日に、花蓮が進路のことで悩んでいると俺に打ち明けてきた。でも俺は、明日から修学旅行なんだから、せっかくなら楽しい話をしたいと思って、花蓮の悩みに適当に相槌を打ってしまう。俺が真剣に話を聞いてくれないことに気づいた花蓮は怒った。

「綾人なら真剣に聞いてくれると思ったのにっ……」

 今にも泣き出しそうな表情で思い詰めた様子だった花蓮を、俺はその時「面倒くさいな」と思ってしまったのだ。
 今考えれば、どうして花蓮の気持ちに寄り添ってあげられなかったんだろうって後悔している。この時俺が明日のことなど考えずに、花蓮の話を真剣に聞いてあげていたら、花蓮は死なずに済んだかもしれないのに——……。

 喧嘩をしたまま修学旅行に向かった俺たちは、一日目も、二日目もお互い目も合わせることなく同性の友達と過ごした。
 三日目の夜、ひどい雪が降った。ホテルで夜ご飯を食べる時間までは天気が良かったのに、食事のあと、外で遊ぼうと喜び勇んで飛び出した友人たちが、次々に部屋に戻ってきた。

「外、すごい吹雪いてて今日は遊べないわ」

 と、残念そうに唇を尖らせる友達と、俺は部屋でボードゲームをして遊ぶことになった。先生たちからも、今日は外に出ないようにと注意されたので、ほとんどの生徒は部屋で大人しく過ごしていたと思う。
 でも、例外がいた。
 女子生徒が一人、林の中で行方不明になったという情報が飛び込んできたのだ。
 先生たちが何やらバタバタと駆け回る姿が気になって様子を窺っていると、「宮野(みやの)さんとはどこではぐれたの?」と他の生徒に問いかける先生の声が聞こえた。
 宮野?
 今、先生はそう言ったよな?
 宮野花蓮。俺が全身全霊をかけて恋している女の子だ。喧嘩をして数日話せていないけれど、彼女を好きでいる気持ちは変わらない。

「わ、私たちと遊んでるときは一緒にいたんですが……かくれ鬼、してたらいなくなっちゃって……場所は、ホテルからちょっと離れた
林の方だけど、正確な位置は分かりません」

 女子生徒が泣きそうな声で先生に状況を説明している声が飛び込んできて、俺はいてもたってもいられなくなった。

「ちょっと、中原くん!」

 先生が止めるのも構わずに、吹雪の中外の世界へと飛び出していく俺。
 自分の身がどうなろうと知ったこっちゃない。何よりも、花蓮を早く見つけたかった。こんな大雪の中、寒さで震えている彼女のことを想像するだけで、それこそ心臓が凍りつきそうな思いだった。