「ねえ、この後どうする?」

「そうだな、まだ時間あるもんね。射的とか、金魚すくいとか、どう?」

「お、いいね。じゃあどっちがたくさん獲物を取れるか勝負しようよ」

「そう来たか。受けてたとう」

 役者のような口調で答える綾人くんを見て笑いながら、勝負ができそうな屋台を見て回った。射的、金魚すくいのほかに、昔よくやった型抜きなんかもあって、勝負は予想外に盛り上がった。綾人くんと童心に帰って遊んでいると、自分の目が不自由なことも全部忘れられた。人が多いので身体をぶつけてしまうことも多々あったけれど、みんなあまり気にしていない様子なので助かった。お祭りの日は多少ヘマをしても大丈夫らしい。
 勝負は私が四勝、綾人くんが三勝ということで、なんと私が勝利してしまった。誇らしい気分でへへん、と笑う。本気で闘ったあとは気持ちがいい。こんな気分になったのはいつぶりだろうか。

「あーあ、負けちゃった。じゃあ、勝者にはご褒美が必要だね」

「ご褒美? そんなのあるの?」

「うん、ある。今決めた。鈴ちゃん、目瞑って」

「え——」

 少々強引な綾人くんに驚きつつも、私はその場で言われるがまま、すっと目を瞑る。ねえ、もしかしてこれって……。
 どうしよう、こんな人ごみで。いや、そうじゃなくて私、初めてで——……。 
 この先の展開を想像して、早鐘のように鼓動が激しくなる。綾人くんの息遣いがすぐそばまで近づいてくる気配がする。ガヤガヤとした喧騒がぴたりと聞こえなくなった。 
 綾人くんの大きくなる呼吸と反対に、私の息が、止まる。
 やがて柔らかな感触が唇に触れた時——。

「……鈴?」

 誰かが私を呼ぶ声がして、ぱちっと閉じていた目を開けた。綾人くんも、びっくりして瞳を大きく開き、バッと私から離れた。
 私のことを呼び捨てにするのは一人しかいない。
 声の主の方を振り返り、「圭」と彼の名を呼んだ。
 圭は私たちと同じように、驚愕に目を見開き、私と綾人くんを交互に見つめていた。圭の隣には、サッカー部の友達らしき男の子が三人並んでいる。

「鈴、やっぱりお前、その男と……」

 付き合ってたのか、という声は周りの喧騒にかき消された。私は黙ってその場で頷く。圭に、綾人くんとキスをしているところを見られてしまった。そのどうしようもない羞恥を、どう処理していいのか分からなくて。言葉は何も出てこない。
 私が戸惑いを隠せずにいると、隣からざっと足を踏み鳴らす音がして、綾人くんが一歩前に踏み出した。

「初めまして。中原綾人です。鈴ちゃんの彼氏、です。きみは、鈴ちゃんの友達?」

 私が困っているのを悟り、彼は堂々と圭に自己紹介をした。これには圭も呆気にとられた様子で、「あ、ああ」と大人しく首肯する。

「鈴の、幼馴染の赤城圭。よ、よろしく」

 圭にとって、綾人くんは「よろしく」する存在であるかどうか分からない。でも圭は圭なりにその場の空気を読んで、綾人くんに向かって右手を差し出した。

「うん、よろしく」

 敵をつくらない綾人くんはにっこりと微笑んで圭の手を握った。私はそんな二人の様子を、ポカンとしたまま眺めるしかなかった。

「じゃあ、俺たちはそろそろ花火の場所確保しに行くので、また」

 最後はさらっとそれだけ言い残して、私の右手を握り、歩き出す綾人くん。その後圭が私たちの後を追いかけてくることもなく、なんとかその場を切り抜けることができた。

「はーっ。もう、びっくりした……」

 人ごみの中を歩きながら、私は大きく息を吐く。気を抜くとこの波にのまれて、くらくらと倒れてしまいそうだった。

「俺も、驚いた。まさかあんなタイミングで鈴ちゃんの友達が現れるなんてさ。でも、なかなかスリリングだったね?」

「そんな! 私はすっごく残念だったのに」

「ふふ、そんなふうに恥ずかしがる鈴ちゃんが見られて、俺は良かったよ」

 私たちの初めてのキスを友達に見られて、面白がっている綾人くんは意地悪だ。でもまあ、綾人くんが気にしていないなら良かった。私はきっと、祭りが終わったら圭から色々と問いただされるんだろうけれど。

「さ、もうすぐ花火始まるよ。あそこ、空いてるから座ろうか」

「うん」

 気を取り直した私たちは、花火がよく見える芝生のところに腰掛けた。綾人くんが浴衣の私に気を遣ってくれて。ポケットから取り出したハンカチを芝生の上に敷いてくれる。

「ありがとう。優しいね」

 綾人くんはいつだって優しい。私は彼の、不安を全部包み込んでくれる優しさに、今でもずっと惹かれている。