待ち合わせ場所の『Perchoir』にたどり着いたのは、十六時五十五分だった。ちょうど私服姿の綾人くんがお店から出て来て、ばったり鉢合わせる。
「鈴ちゃん! うわー、浴衣だ。可愛い!」
開口一番に浴衣姿を褒めてくれる綾人くんは、やっぱり出来のいい彼氏だ。
「ありがとう。初めて自分で着付けしたから、どうかなって思ってたんだけど」
「めちゃくちゃいいよ。白い浴衣、大人っぽい。あ、でも下駄で歩くの大変でしょ? よかったら俺の腕に捕まって」
視界不良の私が下駄で歩くことの大変さを気遣って、綾人くんは「はい」と自分の腕を差し出してきた。そのさりげない優しさに、ときめかずにはいられない。
「綾人くんって、本当に気が利くよね。ありがとう」
彼の腕をそっと掴むと、手を繋いで歩く以上に恋人らしい感じがして、すぐに顔が熱くなってきた。恥ずかしさと照れ臭さで、綾人くんの顔を見ることができない。
「髪飾りもいいね」
「あ、これは……お母さんが昔、私にくれたものなの」
私の頭についたかんざしを、綾人くんがまじまじと見つめる。
まだお母さんと一緒に暮らしていた頃、「嫁入り道具」なんて言って、私に青色の水晶玉のついたかんざしをくれた。私はそのかんざしを気に入って、お祭りの時にはいつも、お団子に結んだ髪につけていたのだ。浴衣との色がマッチしようとしまいとお構いなく。今日だって、浴衣に合わせるなら紫とか赤とか、そういう色の方が良かったと思う。でもやっぱり、私はこのかんざしをつけてしまうのだ。
「へえ、そうなんだ。それは大切にしないとね」
綾人くんは、私の母親があの有名な女優羽島陽子だということを知らない。私が訳あって伯母さん宅に暮らしていることは知っているが、その事情まではまだ話していなかった。
「……うん。気に入ってるから」
複雑な想いを抱えたまま、私は頷いた。毎年夏祭りにかんざしをつける度に切ない気分にさせられているのは否めない。でも、綾人くんが褒めてくれたことが嬉しくもあった。
「すごく似合ってるよ。あ、もう電車来ちゃうから行こうか」
「うん!」
綾人くんの腕に捕まったまま、ICカードを取り出して改札をくぐる。今日はどんな一日になるのだろう。胸の高鳴りを感じながら、目的地まで電車で揺られていた。
無事に乗り換えを済ませて会場に着くと、時刻は十七時四十分。花火自体は二十時に始まる予定だが、夏の風物詩を味わおうと、南大池公園はすでたくさんの人で溢れていた。
「ちゃんと捕まっててね」
すごい人混みなので、私がこけたりしないか心配なんだろう。綾人くんの真剣な声に、私は彼の腕を掴む手にぐっと力を入れた。
「花火始まるまで時間あるし、露店見て回ろうか」
「そうだね。私、かき氷が食べたい」
「え、いきなりかき氷? たこ焼きとか焼きそばとかじゃなくて?」
「いいじゃん。祭りの日くらい好きなものを好きな時に食べたいの」
「そっかーそれもそうだね。じゃあ、お互い好きなものを食べまくろう」
破天荒な私の提案も受け入れてくれた綾人くんは、ニコニコしながらかき氷の露店を探してくれた。夕方とはいえ、夏場の今、外の気温はまだまだ高い。かき氷を食べるなら今がチャンスだ。
「あ、あれは? ふわふわして美味しそうじゃん」
綾人くんが指をさしたのは、「雪氷」と名付けられたかき氷のお店だ。側に寄って見てみると、きめ細やかな白い氷が、器にふわふわと盛られている。「雪氷」という名前がとてもぴったりだ。まるで雪のように美しいかき氷に、私は一瞬にして心奪われていた。
「良かったら奢るよ。何味がいい?」
すかさず綾人くんが財布を出して私にそう尋ねる。六百五十円という、祭りのかき氷にしてはまあまあ高い値段に、私は思わず「いいの?」と聞いた。
「もちろん。今日は大好きな鈴ちゃんと特別なデートだからね」
「ふふ、嬉しい。ありがとう。それじゃあ、いちごにしようかな」
「おっけー」
店員にいちご味をください、と告げると、透明なプラスチックのカップに氷を削って乗せてくれた。ガリガリという音がせずに、本当に雪を注いでいるかのような滑らかさだ。最後にいちごのシロップをかけてくれて、見た目も美しいかき氷をもらった。
「いただきます!」
早速かき氷を口に運ぶと、ちょうど良い冷たさとシロップの甘みが舌の上で溶けて、この上ない幸福感を覚える。
「おいっしー! 綾人くんもどうぞ」
彼の口にかき氷を入れると、一瞬彼は顔をしかめた。でも、すぐに「おお、美味しいね」と笑う。
「俺、知覚過敏なんだ。急に口に入れられてびっくりしたよ」
「あ、そうなんだ。ごめんごめん」
謝りつつも、不意打ちの苦い顔が見られてなんだかおかしかった。私はかき氷を頬張りつつ、綾人くんが食べたいと言ったたこ焼きのお店を探した。
無事にたこ焼きまでありつくと、二人で芝生に座って食事を楽しんだ。結局私もご飯を食べたくなって、側にあった唐揚げのお店で香ばしい唐揚げを買って食べる。お祭りの、全然栄養バランスを考えないこの食事がなんとなく気に入っている。
「鈴ちゃん! うわー、浴衣だ。可愛い!」
開口一番に浴衣姿を褒めてくれる綾人くんは、やっぱり出来のいい彼氏だ。
「ありがとう。初めて自分で着付けしたから、どうかなって思ってたんだけど」
「めちゃくちゃいいよ。白い浴衣、大人っぽい。あ、でも下駄で歩くの大変でしょ? よかったら俺の腕に捕まって」
視界不良の私が下駄で歩くことの大変さを気遣って、綾人くんは「はい」と自分の腕を差し出してきた。そのさりげない優しさに、ときめかずにはいられない。
「綾人くんって、本当に気が利くよね。ありがとう」
彼の腕をそっと掴むと、手を繋いで歩く以上に恋人らしい感じがして、すぐに顔が熱くなってきた。恥ずかしさと照れ臭さで、綾人くんの顔を見ることができない。
「髪飾りもいいね」
「あ、これは……お母さんが昔、私にくれたものなの」
私の頭についたかんざしを、綾人くんがまじまじと見つめる。
まだお母さんと一緒に暮らしていた頃、「嫁入り道具」なんて言って、私に青色の水晶玉のついたかんざしをくれた。私はそのかんざしを気に入って、お祭りの時にはいつも、お団子に結んだ髪につけていたのだ。浴衣との色がマッチしようとしまいとお構いなく。今日だって、浴衣に合わせるなら紫とか赤とか、そういう色の方が良かったと思う。でもやっぱり、私はこのかんざしをつけてしまうのだ。
「へえ、そうなんだ。それは大切にしないとね」
綾人くんは、私の母親があの有名な女優羽島陽子だということを知らない。私が訳あって伯母さん宅に暮らしていることは知っているが、その事情まではまだ話していなかった。
「……うん。気に入ってるから」
複雑な想いを抱えたまま、私は頷いた。毎年夏祭りにかんざしをつける度に切ない気分にさせられているのは否めない。でも、綾人くんが褒めてくれたことが嬉しくもあった。
「すごく似合ってるよ。あ、もう電車来ちゃうから行こうか」
「うん!」
綾人くんの腕に捕まったまま、ICカードを取り出して改札をくぐる。今日はどんな一日になるのだろう。胸の高鳴りを感じながら、目的地まで電車で揺られていた。
無事に乗り換えを済ませて会場に着くと、時刻は十七時四十分。花火自体は二十時に始まる予定だが、夏の風物詩を味わおうと、南大池公園はすでたくさんの人で溢れていた。
「ちゃんと捕まっててね」
すごい人混みなので、私がこけたりしないか心配なんだろう。綾人くんの真剣な声に、私は彼の腕を掴む手にぐっと力を入れた。
「花火始まるまで時間あるし、露店見て回ろうか」
「そうだね。私、かき氷が食べたい」
「え、いきなりかき氷? たこ焼きとか焼きそばとかじゃなくて?」
「いいじゃん。祭りの日くらい好きなものを好きな時に食べたいの」
「そっかーそれもそうだね。じゃあ、お互い好きなものを食べまくろう」
破天荒な私の提案も受け入れてくれた綾人くんは、ニコニコしながらかき氷の露店を探してくれた。夕方とはいえ、夏場の今、外の気温はまだまだ高い。かき氷を食べるなら今がチャンスだ。
「あ、あれは? ふわふわして美味しそうじゃん」
綾人くんが指をさしたのは、「雪氷」と名付けられたかき氷のお店だ。側に寄って見てみると、きめ細やかな白い氷が、器にふわふわと盛られている。「雪氷」という名前がとてもぴったりだ。まるで雪のように美しいかき氷に、私は一瞬にして心奪われていた。
「良かったら奢るよ。何味がいい?」
すかさず綾人くんが財布を出して私にそう尋ねる。六百五十円という、祭りのかき氷にしてはまあまあ高い値段に、私は思わず「いいの?」と聞いた。
「もちろん。今日は大好きな鈴ちゃんと特別なデートだからね」
「ふふ、嬉しい。ありがとう。それじゃあ、いちごにしようかな」
「おっけー」
店員にいちご味をください、と告げると、透明なプラスチックのカップに氷を削って乗せてくれた。ガリガリという音がせずに、本当に雪を注いでいるかのような滑らかさだ。最後にいちごのシロップをかけてくれて、見た目も美しいかき氷をもらった。
「いただきます!」
早速かき氷を口に運ぶと、ちょうど良い冷たさとシロップの甘みが舌の上で溶けて、この上ない幸福感を覚える。
「おいっしー! 綾人くんもどうぞ」
彼の口にかき氷を入れると、一瞬彼は顔をしかめた。でも、すぐに「おお、美味しいね」と笑う。
「俺、知覚過敏なんだ。急に口に入れられてびっくりしたよ」
「あ、そうなんだ。ごめんごめん」
謝りつつも、不意打ちの苦い顔が見られてなんだかおかしかった。私はかき氷を頬張りつつ、綾人くんが食べたいと言ったたこ焼きのお店を探した。
無事にたこ焼きまでありつくと、二人で芝生に座って食事を楽しんだ。結局私もご飯を食べたくなって、側にあった唐揚げのお店で香ばしい唐揚げを買って食べる。お祭りの、全然栄養バランスを考えないこの食事がなんとなく気に入っている。