「こんにちは、綾人くん」
翌日、放課後になると私は『Perchoir』にやって来た。学校の最寄駅から三駅で着くので、途中で下車するだけですぐに彼に会える。彼の方も、お店の近くに住んでいるとのことなので、いつも『Perchoir』で待ち合わせをすることにしていた。
店の前に立っていた綾人くんに手を振ると、彼はにっこりと笑って私を出迎えてくれた。手にはケーキの箱がある。
「お疲れ、鈴ちゃん。これ、店長がくれたんだ。よかったら一緒に食べない?」
爽やかな顔でケーキの箱を持ち上げる綾人くん。私はすぐに「もちろん」と頷いた。
「よおよお、綾人。休みの日まで店に出てくるなんて、精が出るな!」
「げ、叔父さん!」
タイミングを見計らったかのようにお店から出て来た「店長」と名札のついた男性を見て、綾人くんは身をのけぞらせた。
この人が店長で、綾人くんの叔父さんか。
確か、綾人くんに修行をさせながら『Perchoir』で働けるように手配してくれた人だ。高校を中退し、ケーキ職人を目指す綾人くんにとっては、恩人みたいなものだろう。
「こんにちは、初めまして。羽島鈴と申します」
咄嗟に挨拶しなければ! という心意気で頭を下げる私。店長はにこやかに「こんにちは」と返してくれた。
「この子が綾人が言ってた新しい彼女さんかー。うん、礼儀正しくていい子じゃないか」
「ちょ、やめてくださいよ、お店の前で! てか叔父さん、仕事はいいんですか!?」
「大丈夫だ。優秀な部下たちがせっせと働いてくれているからなあ。はっはっは!」
陽気な口調で胸を張って答える店長と、慌てた様子で店長を止めようとする綾人くんが新鮮で面白くて、私はクククとお腹を抱えて笑っていた。
「鈴ちゃん、そんなにおかしかった?」
「うん。だって、あのいつも冷静な綾人くんが、こんなに焦ってるんだもん」
「そりゃあ、お店の前で“新しい彼女”だとか大きい声で言われたら焦るよ。絶対いま、他のスタッフにも聞こえてたよね?」
「そんなもん心配するなよ。お前、昔から人たらしなんだし、彼女の一人や二人くらいできたって、みんな『そうか』って思うだけだよ」
「その言い方は誤解を生むからやめて! 彼女の前で言う話じゃないからっ」
半分泣きべそをかいている綾人くんと、豪快に口を開けて笑う店長。
私は、そんな二人を交互に見つめながら、この人と出会えて本当によかったとしみじみと感じていた。
「じゃあな、お二人さん。末永くお幸せに」
「ありがとうございますっ」
「もう出てこないでくれ!」
天敵に威嚇するような勢いで店長にあっかんべーをする綾人くんが、自分と同い年の男の子なんだと感じて、嬉しかった。
「ふふ、綾人くんの叔父さん、かなり愉快な人なんだね」
「いやーほんと、あの天性のノンデリカシーはどうにかしてほしいよ。でもまあ、実力のない俺のことを見捨てずに育ててくれてるか
ら、何も文句は言えないんだけどね」
綾人くんは叔父さんのことを信用していて、叔父さんも綾人くんのことを可愛い弟子だと思っている。だからこそ、あんなふうにあけすけに笑ったり、本音を言い合ったりすることができるのだと実感した。
「ねえ、今日はどうする?」
叔父さんの登場ですっかり今日の目的を忘れかけていたが、今日は記念すべき、交際開始後の最初のデートだ。何か、思い出に残ることをしたいと思う。
「うーん、そうだね。せっかくだからゆっくりこのケーキが食べられる場所がいいよね」
「それなら、『泉の森公園』はどう? 電車で二駅で行けて、広いし自由に使えるテーブルと椅子があったはず」
「おお、いいね。そこに行こう」
その場で閃いた案に、すぐに乗ってくれる綾人くん。私たちは二人で『泉の森公園』へと向かった。
翌日、放課後になると私は『Perchoir』にやって来た。学校の最寄駅から三駅で着くので、途中で下車するだけですぐに彼に会える。彼の方も、お店の近くに住んでいるとのことなので、いつも『Perchoir』で待ち合わせをすることにしていた。
店の前に立っていた綾人くんに手を振ると、彼はにっこりと笑って私を出迎えてくれた。手にはケーキの箱がある。
「お疲れ、鈴ちゃん。これ、店長がくれたんだ。よかったら一緒に食べない?」
爽やかな顔でケーキの箱を持ち上げる綾人くん。私はすぐに「もちろん」と頷いた。
「よおよお、綾人。休みの日まで店に出てくるなんて、精が出るな!」
「げ、叔父さん!」
タイミングを見計らったかのようにお店から出て来た「店長」と名札のついた男性を見て、綾人くんは身をのけぞらせた。
この人が店長で、綾人くんの叔父さんか。
確か、綾人くんに修行をさせながら『Perchoir』で働けるように手配してくれた人だ。高校を中退し、ケーキ職人を目指す綾人くんにとっては、恩人みたいなものだろう。
「こんにちは、初めまして。羽島鈴と申します」
咄嗟に挨拶しなければ! という心意気で頭を下げる私。店長はにこやかに「こんにちは」と返してくれた。
「この子が綾人が言ってた新しい彼女さんかー。うん、礼儀正しくていい子じゃないか」
「ちょ、やめてくださいよ、お店の前で! てか叔父さん、仕事はいいんですか!?」
「大丈夫だ。優秀な部下たちがせっせと働いてくれているからなあ。はっはっは!」
陽気な口調で胸を張って答える店長と、慌てた様子で店長を止めようとする綾人くんが新鮮で面白くて、私はクククとお腹を抱えて笑っていた。
「鈴ちゃん、そんなにおかしかった?」
「うん。だって、あのいつも冷静な綾人くんが、こんなに焦ってるんだもん」
「そりゃあ、お店の前で“新しい彼女”だとか大きい声で言われたら焦るよ。絶対いま、他のスタッフにも聞こえてたよね?」
「そんなもん心配するなよ。お前、昔から人たらしなんだし、彼女の一人や二人くらいできたって、みんな『そうか』って思うだけだよ」
「その言い方は誤解を生むからやめて! 彼女の前で言う話じゃないからっ」
半分泣きべそをかいている綾人くんと、豪快に口を開けて笑う店長。
私は、そんな二人を交互に見つめながら、この人と出会えて本当によかったとしみじみと感じていた。
「じゃあな、お二人さん。末永くお幸せに」
「ありがとうございますっ」
「もう出てこないでくれ!」
天敵に威嚇するような勢いで店長にあっかんべーをする綾人くんが、自分と同い年の男の子なんだと感じて、嬉しかった。
「ふふ、綾人くんの叔父さん、かなり愉快な人なんだね」
「いやーほんと、あの天性のノンデリカシーはどうにかしてほしいよ。でもまあ、実力のない俺のことを見捨てずに育ててくれてるか
ら、何も文句は言えないんだけどね」
綾人くんは叔父さんのことを信用していて、叔父さんも綾人くんのことを可愛い弟子だと思っている。だからこそ、あんなふうにあけすけに笑ったり、本音を言い合ったりすることができるのだと実感した。
「ねえ、今日はどうする?」
叔父さんの登場ですっかり今日の目的を忘れかけていたが、今日は記念すべき、交際開始後の最初のデートだ。何か、思い出に残ることをしたいと思う。
「うーん、そうだね。せっかくだからゆっくりこのケーキが食べられる場所がいいよね」
「それなら、『泉の森公園』はどう? 電車で二駅で行けて、広いし自由に使えるテーブルと椅子があったはず」
「おお、いいね。そこに行こう」
その場で閃いた案に、すぐに乗ってくれる綾人くん。私たちは二人で『泉の森公園』へと向かった。