退院してから三日間、私は以前にも増して、一人部屋の中で塞ぎ込んでいた。理由は言うまでもない。失われた視界をどうにか取り戻そうと、ベッドの上に寝そべって瞳をぐるぐる動かしてみるも、当然効果はない。大好きだったピアノさえ触るのが怖くなって、一日中ぼうっとしながら過ごした。
三日目の今日、充電器に差しっぱなしだったスマホに、連続でメッセージの通知が入った。時刻は午後三時半を指していた。
「誰……?」
ベッドから起き上がり、机の上に置いてあるスマホを取りに行くのさえ億劫だった。でも、今の私には何もない。せめて誰かから来たメッセージぐらい、返さなければ。臆病な使命感に駆られた私はそっとスマホを開いた。
通知は四件、すべて圭からのものだった。先月圭と喧嘩をしてから、一度も会っていないし、メッセージすら来なかった。圭の方も、連絡をしても私が拗ねて返事をくれないと思っていたのだろう。
でも今になってメッセージを寄越すなんてどうしたんだろう?
私は、恐る恐る彼からの連絡に目を通していく。
【鈴、お前サボり魔だな。早く来ないと留年するぞ】
【おい、聞いてる? 一昨日お前ん家行ったけど留守だった。何かあったのか】
【……鈴、俺が悪かったなら謝るから、ゴメン。早く学校に来いよ】
最初はいつもみたいに軽口を叩いているような口調だった。でも、待てど暮らせど私からの返信が来ないどころか既読にもならないから、だんだん心配してくれているのが分かる。圭はそういうやつだ。不安になればなるほど、口先だけは強くいようとする。空元気で周囲に心配をかけまいと強がっている。圭がどれだけ私のことを考えてくれているか分かって、見えない視界の端っこが、余計にじわりと滲んだ。
四つ目のメッセージは、少し間を空けて入ってきた。
ぱっと画面に現れた一文に、釘付けにされる。
【あのさ……俺、見ちゃったんだよね。鈴が四日前に、男と一緒にいたとこ。俺も学校サボったんだ】
ガツン、と鈍器で頭を殴られたような心地がした。
四日前……それって、私が中原さんと平日デートをした日のことだ。その日、スカイタワーの展望台で私は倒れてしまって……。
圭が、私たちを見ていた?
一体どこで……。まったく見当がつかない。でも、わざわざ学校をサボったってことは、私に話をしようとしていたのかもしれない。
一気に早くなる鼓動を必死に宥めながら、私は圭への返信を打った。
【ずっと連絡できなくてごめん。まだ、学校に行くのが怖くて。……四日前、私のことどこで見たの?】
圭に連絡を取らなかったことに対する謝罪と、気になっていたことを聞いた。
すると私のメッセージはすぐに「既読」となり、ものの数分で圭から返事が来た。
【おお、生きてたのか、よかった。まったく、心配してた俺の気も知らねーで、もっと周りを見ろよ。……まあ、怒っても仕方ないか。お前が学校に来られないのは半分俺のせいだからな。マスク事件の件は、本当にごめん。……それで、さっきの質問ね。お前、男と一緒にいるの、スカイタワーの入り口で見たんだ。でも、その後いくら待ってもお前たちは出てこないし、なんなら救急車が来てざわついてたし。俺は救急車が来た時点でもうその場から退散したんだけどな。どうだ、スカイタワーからの景色、綺麗だった?】
予想もできない答えが返って来て、私は絶句する。
まさか、圭にスカイタワーに入るところを見られていた……? しかも、救急車が来たことまで。でも流石に圭も、その救急車に私が乗せられたことは知らないようだ。圭に、病院に運ばれたことを言うべきか——迷ったけど、私は言わないことにした。
圭にこれ以上心配をかけるのが嫌だ。
それに、目が見えなくなるという弱みを見せるのも、嫌なんだ——……。
【そっか、スカイタワーか。そうだね、綺麗だった。綺麗で、切なくて、もっと、もっと見ていたいって思った】
もっと、あの人の隣で美しいこの街の景色を眺めていたかった。
夕闇に街が沈んで、住宅や商業施設の明かりが点々と灯っていく。橙色から群青色に変わっていく空をバックに、目下に映る夜景に心酔して。
やがてお互いの心臓の音が徐々に膨らんでいくことに気づいて。
私たちは、気持ちを重ね合う。
……あれ、どうしたんだろう。
「中原さん……」
メッセージのやり取りをしている相手は圭なのに、私の心を占める、あの人の温もりが恋しい。最低だ。圭は私のことを心配してくれているのに。私はどうしても、圭じゃない人を想ってしまう。
【ねえ、圭。私、会いたいよ】
これだけ見れば、誰だって自分に会いたいのだと勘違いするだろう。でも、圭は違った。「今すぐ会おう」とは言わなかった。返信はすぐには来ない。私は静寂に包まれた部屋の中で罪悪感にまみれながら、彼に会えない恋しさで押しつぶされそうだった。
【……会えばいいじゃねえか】
静かな通知音と共に、圭から返信が来た。文面から溢れ出る切なさに、私の方がぐっと心臓を鷲掴みにされたような心地がした。
圭は何を思って、この一文を送ってきたんだろう……。
圭の気持ちは推しはかることしかできない。でも少なくとも、私の気持ちを優先させてくれていることだけは分かった。
私はたっぷり深呼吸をした後、再びスマホに指を添えて文字盤をフリックしていく。
【……分かった。ごめん、圭】
どうして圭に謝っているのか、自分でもよく分からない。
学校には行けないのに、中原さんには会いに行きたいと思っている自分が浅はかで、誰かに謝らなければ罪悪感で動けなくなると思ったからだろうか。
「ごめんね」
圭がどれだけ私のことを心配してくれているか。
私は圭の気持ちを踏み躙って、玄関へと向かう。
三日目の今日、充電器に差しっぱなしだったスマホに、連続でメッセージの通知が入った。時刻は午後三時半を指していた。
「誰……?」
ベッドから起き上がり、机の上に置いてあるスマホを取りに行くのさえ億劫だった。でも、今の私には何もない。せめて誰かから来たメッセージぐらい、返さなければ。臆病な使命感に駆られた私はそっとスマホを開いた。
通知は四件、すべて圭からのものだった。先月圭と喧嘩をしてから、一度も会っていないし、メッセージすら来なかった。圭の方も、連絡をしても私が拗ねて返事をくれないと思っていたのだろう。
でも今になってメッセージを寄越すなんてどうしたんだろう?
私は、恐る恐る彼からの連絡に目を通していく。
【鈴、お前サボり魔だな。早く来ないと留年するぞ】
【おい、聞いてる? 一昨日お前ん家行ったけど留守だった。何かあったのか】
【……鈴、俺が悪かったなら謝るから、ゴメン。早く学校に来いよ】
最初はいつもみたいに軽口を叩いているような口調だった。でも、待てど暮らせど私からの返信が来ないどころか既読にもならないから、だんだん心配してくれているのが分かる。圭はそういうやつだ。不安になればなるほど、口先だけは強くいようとする。空元気で周囲に心配をかけまいと強がっている。圭がどれだけ私のことを考えてくれているか分かって、見えない視界の端っこが、余計にじわりと滲んだ。
四つ目のメッセージは、少し間を空けて入ってきた。
ぱっと画面に現れた一文に、釘付けにされる。
【あのさ……俺、見ちゃったんだよね。鈴が四日前に、男と一緒にいたとこ。俺も学校サボったんだ】
ガツン、と鈍器で頭を殴られたような心地がした。
四日前……それって、私が中原さんと平日デートをした日のことだ。その日、スカイタワーの展望台で私は倒れてしまって……。
圭が、私たちを見ていた?
一体どこで……。まったく見当がつかない。でも、わざわざ学校をサボったってことは、私に話をしようとしていたのかもしれない。
一気に早くなる鼓動を必死に宥めながら、私は圭への返信を打った。
【ずっと連絡できなくてごめん。まだ、学校に行くのが怖くて。……四日前、私のことどこで見たの?】
圭に連絡を取らなかったことに対する謝罪と、気になっていたことを聞いた。
すると私のメッセージはすぐに「既読」となり、ものの数分で圭から返事が来た。
【おお、生きてたのか、よかった。まったく、心配してた俺の気も知らねーで、もっと周りを見ろよ。……まあ、怒っても仕方ないか。お前が学校に来られないのは半分俺のせいだからな。マスク事件の件は、本当にごめん。……それで、さっきの質問ね。お前、男と一緒にいるの、スカイタワーの入り口で見たんだ。でも、その後いくら待ってもお前たちは出てこないし、なんなら救急車が来てざわついてたし。俺は救急車が来た時点でもうその場から退散したんだけどな。どうだ、スカイタワーからの景色、綺麗だった?】
予想もできない答えが返って来て、私は絶句する。
まさか、圭にスカイタワーに入るところを見られていた……? しかも、救急車が来たことまで。でも流石に圭も、その救急車に私が乗せられたことは知らないようだ。圭に、病院に運ばれたことを言うべきか——迷ったけど、私は言わないことにした。
圭にこれ以上心配をかけるのが嫌だ。
それに、目が見えなくなるという弱みを見せるのも、嫌なんだ——……。
【そっか、スカイタワーか。そうだね、綺麗だった。綺麗で、切なくて、もっと、もっと見ていたいって思った】
もっと、あの人の隣で美しいこの街の景色を眺めていたかった。
夕闇に街が沈んで、住宅や商業施設の明かりが点々と灯っていく。橙色から群青色に変わっていく空をバックに、目下に映る夜景に心酔して。
やがてお互いの心臓の音が徐々に膨らんでいくことに気づいて。
私たちは、気持ちを重ね合う。
……あれ、どうしたんだろう。
「中原さん……」
メッセージのやり取りをしている相手は圭なのに、私の心を占める、あの人の温もりが恋しい。最低だ。圭は私のことを心配してくれているのに。私はどうしても、圭じゃない人を想ってしまう。
【ねえ、圭。私、会いたいよ】
これだけ見れば、誰だって自分に会いたいのだと勘違いするだろう。でも、圭は違った。「今すぐ会おう」とは言わなかった。返信はすぐには来ない。私は静寂に包まれた部屋の中で罪悪感にまみれながら、彼に会えない恋しさで押しつぶされそうだった。
【……会えばいいじゃねえか】
静かな通知音と共に、圭から返信が来た。文面から溢れ出る切なさに、私の方がぐっと心臓を鷲掴みにされたような心地がした。
圭は何を思って、この一文を送ってきたんだろう……。
圭の気持ちは推しはかることしかできない。でも少なくとも、私の気持ちを優先させてくれていることだけは分かった。
私はたっぷり深呼吸をした後、再びスマホに指を添えて文字盤をフリックしていく。
【……分かった。ごめん、圭】
どうして圭に謝っているのか、自分でもよく分からない。
学校には行けないのに、中原さんには会いに行きたいと思っている自分が浅はかで、誰かに謝らなければ罪悪感で動けなくなると思ったからだろうか。
「ごめんね」
圭がどれだけ私のことを心配してくれているか。
私は圭の気持ちを踏み躙って、玄関へと向かう。