県内随一の繁華街にたどり着いたのは、それから二十分ほど電車で揺られた後だ。高校の同級生たちは、この繁華街でよく買い物をしていると聞く。私はあまり物欲がないので、滅多に買い物には来ない。

「『シュクレ』っていう商業施設知ってる?」

「は、はい」

『シュクレ』は繁華街で一番大きな商業施設だ。レディースファッションやアクセサリー、雑貨、家具、食品などあらゆる買い物にとても便利である。駅から直結しているため、土日は利用客が多い。私も、昔は母親に連れられて『シュクレ』に買い物に行くことがあったが、最近はめっきり訪れていない。

「『シュクレ』なら鈴ちゃんに似合う服があると思うんだ」

 中原さんは声を弾ませて言う。確かに彼の言う通り、『シュクレ』にはいろんなファッションブランドの店が入っているから、服を買うなら一番適している気がする。

「そうですね。私、あんまり普段買い物しないから、ブランドとかもう忘れちゃってるかもですけど」

「大丈夫! 俺に任せて」

 堂々と息を吸うように答える中原さんの返事を聞いて、私は思わずどきりとして足が止まる。

「どうしたの?」

「い、いえ、なんでもないです。よろしくお願いしますっ」

 今のは、一体何だったんだろう。彼の自信満々の笑顔を見て、胸がきゅっとなった。苦しいわけではない。嬉しい、とも楽しい、とも違う。小さな灯火がともる。中原さんといると、度々そういう感覚に襲われた。
 平日ど真ん中の『シュクレ』は土日に比べるとすっきりとしていてお客さんが少なかった。いるのは中高年の女性か、小さな子供を連れた若い女の人ばかり。私はなんとなく場違いな気がして、身体を縮めながら歩いた。

「鈴ちゃん、もしかして緊張してる?」

「し、してないです……」

 明らかに無理をしていると分かるぐらい声が震えていたから、中原さんがははっと笑みをこぼした。

「大丈夫って。誰も俺たちのこと見てないし」

「そうかなあ」

 不安がる私をよそに、中原さんはぐんぐん前へと進む。まるで、どこに何の店があるのか、すべて把握しているみたいに。

「ここどうかな? 鈴ちゃんの雰囲気にぴったりだと思うけど」

 たどり着いたお店は、『Natural Leaf』という見たことのないファッションブランド店だった。見たところ高校生の私より、大学生から二十代向けの大人びたファッションを売りにしている感じだ。色物は少ないけれど、ところどころに春色のスカートやトップスが差し色みたいに並んでいる。同級生でこういったシンプルで綺麗めな服を来ている人をあまり見たことがなかった。

「ここ、可愛いですね」

 そんな『Natural Leaf』の大人綺麗めファッションは、私の好みにズドンと刺さった。そうだ私、こういう服装をしてみたかったんだ。今まで気づかなかったけれど、潜在意識の中でくすぶっていたおしゃれへの意欲がむくむくと湧き上がってきた。

「でしょ。俺が一番好きなレディースブランド。好きな服選びなよ」

「はい!」

 中原さんに言われる前に、さっと飛び出して店の中に足を踏み入れてしまう。だが、勢いづいていたのは最初だけだった。私は、シンプルなオフホワイトのトップスや花柄のスカートなんかをざっと眺める。素敵だなと思いつつ、心のどこかで自分には似合わないんじゃないかと思い、鏡の前で合わせるのも憚られていた。
 そんな私を見かねたのか、店員さんが近づいてくるのが横目で見て取れる。どうしよう。店員さんに色々聞くの、恥ずかしいんだよね……。

「ねえ、悩んでるなら俺が選んであげようか?」

「え?」

 いつのまにか隣で私と同じように服を見ていた中原さんがそう聞いた。少し離れた場所で店員さんがピタリと足を止める。
 私が返事をする前に、彼は雑多な服を次々と合わせ始めた。

「そうだなあ、鈴ちゃんはやっぱり大人っぽい服装が似合うと思うんだよね。そう。このジャンパースカートなんてどうかな? Aラインですっきりしてるし、鈴ちゃんの細い身体にはピッタリだと思うけど」

 どう? と純粋な瞳で聞いてきた中原さんが、私を鏡の前に連れてきて、紺色のジャンパースカートを後ろから私に合わせた。あまりの近さに、脈打つ鼓動が止まらない。服を見るよりも、鏡に映った長身の彼と目が合わないように必死だった。
 な、なにこの距離感……!
 これじゃまるで……恋人みたい、だ。

「可愛い、です」

 ジャンパースカートについて何かを考える前に、そう口から漏れていた。
 実際服が可愛いのは間違いない。しかしそれよりも、後ろからハグでもされそうな勢いで中原さんと接近してるこの状況をなんとかしなきゃ……! と頭がパンクしそうだった。

「おお、良かった! じゃあこれにしよう。下に着るブラウスも一緒に買っておくよ」

 私が慌ててるのも気づいていない様子の彼が、さっさとジャンパースカートと、白いブラウスをレジに持って行った。

「これ、タグ切ってもらえませんか? 今すぐ着たいので」

「かしこまりました。切っておきますね」

 手慣れた様子でレディース服を買う中原さんに、私は終始目を白黒させていた。

「あの、代金は私が払います」

「いやいいんだよ。俺働いてるしさ」

「でも」

「大丈夫、俺がプレゼントしたいだけだから」

「……ありがとうございます」

 中原さんの強引な優しさに負けて、私は結局服をプレゼントしてもらうことに。店員さんが微笑ましげに私たちのやりとりを見守っている。何か勘違いされているような……。

「大変お待たせしました。着替えは奥の試着室をご利用ください」

「はい。ありがとうございます」

 店員さんに促されるがままに試着室で着替えをする。鏡で見た自分は、見違えるほど大人っぽくなっていて驚く。

「どうかな」

 照れ臭さを隠しながら外で待っている中原さんの前に躍り出た。
 中原さんは着替えを済ませた私を見て、パッと目を大きく見開いていく。次第に頬の筋肉が緩み、口の端がニッと持ち上がった。

「めちゃくちゃ似合ってる。ああ、やっぱり俺の目に狂いはなかったな」

 自分が選んだ服に満足した様子の中原さんの言葉に、私は頬が熱く染まるのを感じた。

「本当にありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか……」

「お礼なんていらないよ。それよりまだ付き合ってほしいところがある」

 行こう、と自然に右手を差し出してくる中原さん。私は三秒ほど固まってしまう。
 でも、無邪気に笑いかけてくる中原さんを見て、えいやっと彼の右手を握っていた。