また一週間、学校には行けなかった。圭から何かメッセージが来るかと思いきや、メッセージは一つも来ない。圭を除けば、学校で私のことを心配してくれる友達はいない。先生からかかってきた電話には、伯母さんが対応してくれていた。伯母さんが、電話越しに頭を下げる姿を見て、私はやっぱり居たたまれない気持ちになる。でも、まだ学校に向かう勇気が出なかった。
 学校に行かない間はやっぱり四六時中ピアノを弾いた。ピアノを弾くことで、ストレスの半分くらいが軽減されるような気がするって、誰かが言っていたのを思い出す。確かにそうだ。孤独になればなるほど、私は鍵盤の上で指を走らせた。
 そして、来たる約束の水曜日。
 私は鏡の前で悶々と悩んでいる。
 原因はお察しの通り、デートで着ていく服を選べないせいだ。

「うーん、これも違う。これはちょっと可愛子ぶりすぎてるかなぁ」

 フリルのついたワンピースや丈の短いスカートを合わせてみると、なんだかぶりっこのように見える。私みたいな不細工な女が、可愛い服を着たら笑われちゃう。この服を着られるのは、可愛らしく、クラスの中心にいるような明るい子だ。
 いろいろと考えすぎて分からなくなって、結局選んだのは無難な白いTシャツとデニムのパンツといったラフなスタイルだった。全くもって初めてのデートで着ていくような服ではない。でもこれが私にできる精一杯だった。
 伯母さんが仕事に出かけた後、私は一人、いつものようにマスクを着けて家を出る。周りに知り合いがいないかどうかを確認してしまう。大丈夫。この時間は、みんな学校にいるはずだから。
 午前十時ぴったりの時間に、『Perchoir』に到着した。
 早速お店の前で、ベージュのカーゴパンツと黒いTシャツを着た中原さんが見えた。すらりと背の高い彼は、どんな服を着てもきっと似合うのだろう。私服姿は初めて見たけれど、ものすごくフィットしている。

「おはようございます」

 声をかけると中原さんが気づいて、片手を挙げた。

「鈴ちゃん、おはよう。意外な格好でびっくりした」

「そうですか? いろいろ悩んで結局シンプルな服装になってしまいました」

「うん、どんな格好でもきっと似合うよ。あ、でもさ、今日は前話してた“作戦”があるからさ」

 口の端をにやりと持ち上げる中原さんは、いたずらを企んでいる少年のようだ。

「そうでした。その、作戦って何ですか?」

 すっかり中原さんのペースに乗せられた私は、どこかワクワクと心が浮き立つのを感じていた。

「ふっふっふ。やっぱり気になるよねー? じゃあ、発表します。題して『鈴ちゃん垢抜け大作戦』です!」

「へ……?」

 漫画の登場人物のような驚き方をしてしまう私。中原さんは腰を反らし、得意げな笑みを浮かべている。
『鈴ちゃん垢抜け大作戦』?
 なんて、なんて恥ずかしい作戦を考えてるのこの人は……!
 顔が熱くなるのを感じつつ、私は「あのぉ」と控えめに切り出した。

「ぐ、具体的には何をするんでしょうか……」

「よくぞ聞いてくれました! まずはそうだね、おしゃれな服を買いに行こうか。鈴ちゃんに似合う服ね。シンプルな服装もいいと思うけど、もっと大人っぽい格好も似合うと思う。ほら、高校生だってバレたらまずいって言ってたでしょ? だから、鈴ちゃんが大人に見られるようにすれば補導されなくて済むかなって」

 いいアイデアでしょーとドヤ顔で語る中原さんは、やっぱりどこか楽しそうだ。さては、私が補導されないようにという大義名分で、自分の思い通りの私をつくりたいなんて野望があったりして——って、何考えてるの私! それじゃ自惚れてるだけじゃん!

「どうしたの鈴ちゃん? やっぱり嫌だった?」

「い、いえ、そんなことありません。おしゃれには興味あります」

 自分の妄想に自分で恥ずかしくなっていた私は挙動不審になりながら両手をバタバタと振った。実際、おしゃれをしたいという気持ちがあるのは本当だった。でも、この顔に似合うおしゃれなんてないのではないかと諦めていたのだ。

「そう。それならよかった! じゃあ早速服を買いに行きますか」

「はい」

 踊り出しそうな軽快なステップで、駅の改札へと向かう中原さん。私は彼の数歩後ろをついて、早足でついていく。これから始まる二人の時間に、終始胸の高鳴りが抑えられなかった。