中原さんについて、目的の公園へと続く坂道を登る。途中、「花見丘陵公園(はなみきゅうりょうこうえん)まで二百メートル」という看板が見えて、私たちが行こうといている場所が分かった。
 それから黙々と坂道を進むと、石段が現れた。階段を上りきるとお目当ての花見丘陵公園にたどり着く。住宅地を見下ろす場所に位置する公園は、見晴らしがよく、肌を撫でる春風が心地よかった。

「わあ、すごく綺麗……!」

 丘の上の公園は、椅子の周りに色とりどりの花が植えられていて、まさに「花見」という名前がぴったりの美しい風景をしていた。ちょうど春ということもあり、チューリップや菜の花、ガーベラ、アネモネなど、たくさんの花が風に揺られている。
 辺りは暗くなっているけれど、ライトアップまでされているから、幻想的な風景に見えた。
 私たちは椅子に並んで腰かける。肌寒い風が、頬に当たって冷たいのに、心は不思議と温かい。

「ここ、いいでしょ。俺も疲れたら、よくここに来るんだ。坂道を登るのにまた疲れるけどね」

「ふふ。いいですね。隣町に住んでるのに、全然知りませんでした」

 伯母さん夫婦の家に引っ越してきてから、ただ学校と家を往復するだけの毎日を送っていた。無感動に生きていれば、何かに失望することもない。
 だから、こういう近所で見られる綺麗な景色さえ、私の目には新鮮に映る。

「俺はさ、何回も来ちゃってるから鈴ちゃんぐらい感動できないけど、綺麗なものを綺麗だって素直に感じられるのはいいことだよ」

「そうなんですかね」

「間違いない。俺が保証する」

 中原さんに力強く肯定されると、なんだか自分が生きてきた人生を、肯定されているような気がした。

「そういえば中原さんも、疲れることなんてあるんですね」

「そりゃ、あるよ。鈴ちゃん、俺のことなんだと思ってるの?」

「へへ、だって、この間会った時も今日も、太陽みたいな人だなって思ったから」

「太陽か〜。うーん、自分ではまったくそう思わないけれど」

「いやいや、自覚ないんですか? 普通、初対面の女の子にここまで馴れ馴れしく話しかけられないですよ」

「馴れ馴れしいは心外だなあ。俺としては、鈴ちゃんと仲良くしたいって思ってるだけなんだけど」

「仲良く……そんな、冗談ですよね?」

 衝撃的な発言だった。
 人生で一度も、幼馴染の圭を除いて私と仲良くしたいなんて言ってくれる友達が現れたことはない。
 中原さんは本気で私と仲良くしたいと思ってるの?
 にわかには信じられない話に、私は少しだけ、隣に座る中原さんと距離を置いた。冷静に、この人を見よう。彼は私がたまたま見つけたケーキ屋の店員。私と同級生だけど高校は辞めている。本来なら一度会って終わりの関係だったのに、今こうして隣で並んで夜の公園で息をしている——。

「冗談じゃないよ。初めて会ったとき、びびっと来たんだ。鈴ちゃんとなら友達になれるかもしれないって」

 びびっと来た、なんて、一目惚れをした時に使う言葉なんじゃないか——と考えて、私は自分の妄想を打ち消す。中原さんは、私を友達として仲良くなれそうだと直感で思っただけだ。一目惚れなんて、私がされるはずがない。

「……私も。私も、同じかもしれないです」

「え?」

 夜風が目に染みて、二、三度瞬きをした。乾いた目の端っこの風景が、ぼんやりと霞んで見えなくなる。またいつものアレだ。暗いところで、私はどうも視界が悪くなっているような気がする……。

「私、学校では全然友達がいないんです。一人だけ、幼馴染の圭だけは友達と呼べるのかもしれないですけれど。他はまったく。私、ドジで不細工だから、よくクラスのみんなに迷惑をかけちゃって……。だから誰も、私と一緒にはいたがらないんだと、思います」

 気がつけば悩みの種を中原さんにぶちまけていた。話したところで状況が変わるはずないのに、話さずにはいられない。出会ったばかりだけれど、この人になら自分の弱いところもさらけ出せるような気がした。