「ふぅ」
 友達と別れ電車に乗った私は、思わず安堵の溜息を吐く。
 梅雨がすっかり明けた、夏休み初日の真夏日。
 早速SNS映えするお台場に行って写真を撮り、レイグッズをみんなで買い揃えていた。
 どうしよう、これ。
 右手より感じる紙袋の重さに、思わず溢れる溜息。
 というのも、部屋中にグッズが山盛りになっており埃を被っている状況。
 またその山が増築されていくかと思うと、私の溜息は止まることを知らなかった。

 電車から降り改札を出ると、そこには茜色に染まる太陽。家に帰れば、またお母さんに今日のことを話さないといけない。
 ズキンと痛む胸の奥。
 帰りたくない。
 そう思いながらノソノソと歩いていたら、目の前にはあの本屋さん。無意識に辿り着いてしまったようだ。
 また私は紙袋の重みを感じて溜息を吐く。
 そうだ。お金使ったから、もう本を買うほどは残っていない。
 そう思い、店に背向けたその時。

「あなた、こないだの人だよね?」
 小鳥のさえずりのような美しい声。
 まさか。
 ゆっくり振り返ると、目の前には透き通った肌に整った目鼻立ち、さらさらな黒髪を靡かせる女性が居た。

「うそ……。もう会えないと思っていたのに」
「私、今日に引っ越しして来たんだ。荷解きもひと段落して息抜きにと本屋さんに来たら、店長さんからあなたが私を探していたと聞いたの」
 その言葉に、私の心臓はドクンドクンと鳴り響く。
「きっと。また会えるよ」。そう言ってくれていた意味が分かった。
 入り口から店長さんに手を振ると、笑って振り返してくれ私達の再会を喜んでくれているようだった。

「あの本、読んだ?」
 美しく笑う女性に、私は感想を全てを話した。
 早口で、捲し立てるように、一から十まで全て。
 ハッとなった時には遅く、一人でペラペラと喋っていた。普通に相手からしたらドン引きだろう。
 しかし次は彼女が話し始め、私と同様にペラペラと話し始める。
 その話には共感しかなく、話を聞きながらずっとずっと頷いていた。
「あ、ごめん。本のことになると、いつもこうで」
「私もだよ。亡くなった彼女が綴った物語は読んだ?」
「引っ越しで忙しくて、まだなんだ。だから今日買いに……」
「これ、お礼!」
 私は背負っていたリュックから一冊の本を出す。
 それは文庫本で「君と綴る未来」と表紙に記載されていた。
「え? いいの?」
「もし会えたらと、二冊買っていたんだ」
「ありがとう!」
「……それで、良かったら感想を……」

 ピコン。
 その女性のメッセージアプリの通知音が鳴った。
「やば! 帰らないと!」
「あ、そっか。引っ越し初日だって言ってたよね! ごめん!」
「ううん、凄く楽しかった。じゃあ、ありがとう!」
「あ、うん……」
 私に背向けると、ふわっと揺れる黒髪のストレート。
 その美しい姿をただ眺めているだけで、私はどうしてもこの言葉が出てこない。
 このままじゃ、また会えなくなる。分かっているのに。
 すると彼女は、足を止めて振り返ってきた。
 その目は私から逸らしていて、先程までと違い口角は下がっている。
 また、私の心臓はドクンと鳴る。初めて見るその姿に私は。
「「あ、あの。良ければだけど、連絡先交換しない!」」
 二つ重なったその声が、沈みゆく夕日の空下に響く。
 それが私達を引き合わせてくれたあの本を手に取ったシチュエーションとシンクロし、互いの顔を見合わせて、また笑ってしまった。
「私達、このまま別れるなんて勿体なさすぎるだよね?」
「本当に、こんなに感性が合う人初めて!」
「って言うか、この先もいないでしょう?」 
「確かにー!」
 そう盛り上がっていると、今度は女性に電話がかかってきて慌ててメッセージアプリの交換をする。
「じゃあね!」
「うん!」
 私は走って行く彼女を見つめていると、彼女は振り返り、こう叫んだ。
「またね! 文!」
 大人っぽい彼女の無邪気な笑顔。その姿に。

「またね! 麗華!」
 私は久しぶりに大きな声で叫ぶ。
 その声に笑って手を振った麗華は、颯爽と駆けて行く。
 話し込んで悪かったな。
 あ、そういえば年上に呼び捨てにしてしまったな。
 いくつぐらいなのだろう?
 そう考えながら、私は家路に着く。
 さっきまでのドヨンとした気持ちは夕日と共に沈んでいき、空に輝く一番星のように私の心に光をもたらしてきた。
 高二の夏休みは、光り輝くものになるだろう。
 空中に散りばめられている星々が、そんな予感を知らせてくれた。